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【会計士の視点】海外旅行メイン、店舗型ビジネスの会計リスクを分析-エイチ・アイ・エス編

  • 2022年3月2日

エネルギー事業も電力卸価格や原料高で苦戦
現金、預金は十分にあるが旅行需要回復が遅れると不安要素も

監査報告書を見てみる

HISのホームページ

 監査報告書は、昔であれば正直「無限定適正かどうか」だけ見ていれば良かったのが、今の監査報告書は、内容もかなり充実して見ごたえがあるので、それについても解説したいと思います。

 今と昔で監査報告書の何が一番違うかというと、端的に言えば「監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由」と「監査上の対応」が記載されるようになった点があり、これによって「会計監査でどういう点をリスクとして認識し、どういう手続きを取ったのか」ということが分かり、会社を分析する上で非常に参考になる材料となりました。

 HISの連結財務諸表についての監査報告書では、主要な検討事項として

  1. 継続企業の前提

  2. 海外の旅行事業に係るのれん及び無形固定資産の評価

  3. 繰延税金資産の回収可能性

  4. 連結子会社における不適正な会計処理

 があげられておりました。継続企業の前提は貸借対照表のところで「経営環境は厳しいもののすぐに倒産するという状況ではない」と書きましたが、監査法人も「継続企業の前提に関する重要な不確実性は認められないと判断している」と結論付けており、「まあそうだろうなあ」という感想です。

 次ののれんと無形固定資産の評価では「旅行事業セグメントに属する海外子会社の買収時に計上したのれん3,740百万円及び無形資産9,019百万円が含まれている。無形資産は、主に、海外子会社の主要顧客との取引関係に基づき計上された顧客関連資産や商標権である」とあります。

 これについては重要な会計上の見積り注記に書いてあるということなので、そこも改めて見ると、ここにもかなり重要な情報が書かれており、まず新型コロナウイルス感染症の影響として、2023年にはほぼ2019年の水準まで回復することを見込んでおり、これを前提に様々な会計上の見積りを行っていることが分かります。

 また監査報告書でも記載のあったのれん及び無形資産の評価については、監査報告書に書かれているのと同様「海外子会社の買収時に発生したのれん3,740百万円及び無形資産9,019百万円」が書かれています。

 この金額については、まず減損の兆候を判定し、減損の兆候があれば、上記のような回復シナリオの元で将来キャッシュ・フローを見積もり、その上で割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回り減損損失の認識が必要とされた場合には、回収可能価額まで減額して評価し、その結果として計上されているのが上記金額です。

 ・・・・こう書くとわけが分からないと思いますが(笑)、非常にざっくりと言ってしまうと、「将来事業計画を参考にして、今の貸借対照表の計上額を回収できなさそうであれば、回収できる金額まで減らす、特にそういうこともなければ普通に簿価で計上(償却等は必要に応じて行う)」という感じで、つまりこの資産の評価を検討する上で、将来事業計画が非常に重要なものとなることだけ分かって貰えれば大丈夫です。

 そしてその将来事業計画は、上記のように「2023年には2019年の水準まで回復」というシナリオに基づいて作られているため、今後の状況によっては将来事業計画を見直して、「本当に回収できるのか?」ということを改めて検討する必要が出てきて、もし「回収できない」となった場合には、多額の減損損失が出る可能性もあります。

 これは有形固定資産についても同様で、貸借対照表の分析でも書いたように、おそらく2020年10月期や2021年10月期に増えた有形固定資産はホテル関係やエネルギー事業関係が主だと推測されますが、これらの事業も2021年10月期においてはセグメント全体で損失が出ており、今後の状況も見ながら減損を検討していく必要がありそうです。

 監査報告書に話を戻すと、繰延税金資産の回収可能性については、「株式会社エイチ・アイ・エスの将来計画を基礎として、将来課税所得の見積もりを行っている」とあります。監査上の対応を見ると、将来計画については、IATAによる市場予測レポートや外部機関が公表した回復シナリオ等から重要な仮定の合理性を検証したり、また過年度の計画の達成度合いに基づく見積もりの精度や、基礎データと経営者の仮定との整合性を確認といった手続きも行われていることが分かります。

 監査法人は旅行業のスペシャリストでも予言者でもないので、将来事業計画について「絶対にこうなる」というお墨付きを与えることはできませんが、それでも「今時点で公表されているデータ等から考えて、合理的な仮定に基づいているか」の検証は行っており、その上で回収可能性がある部分を繰延税金資産として計上しています。

 ただし、この「仮定」はあくまで今時点での外部機関等の出している予想に基づくものであり、そしてその仮定というのは「2023年にはほぼ2019年の水準まで回復」というものです。これが今後どうなるかによって、来年度もまた見直しを行う必要があり、状況によっては上ののれんや無形資産と同様、取崩しを行う必要が出てくる可能性もあります。(繰延税金資産の場合、「評価性引当の計上」という表現を使いますが、意味としては「回収可能性がない」ということで、広い意味では減損と同じような考え方です)

 最後の子会社の不適正会計については、書き出すと話が拡散しすぎるので今回は割愛します。

会計士の視点

  • HISは元々海外旅行中心であったため、コロナの売上高への影響が非常に大きい

  • 店舗を中心としたビジネスで、費用に占める人件費の割合も大きいため、費用削減もうまくいかず、コロナの影響を他の旅行業者以上に大きく受けている

  • コロナ禍の中で伸ばそうとしたエネルギー事業も電力卸価格や原料高で苦戦している

  • 貸借対照表を見ると、今すぐ倒産するというような状況ではなさそう

  • ただし状況が良いとは決して言い難く、コロナからの旅行需要の回復が遅れそうであれば、今後無形固定資産の減損や、繰延税金資産の回収可能性等が問題となってくるリスクもある


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公認会計士 玉置繁之
東京大学経済学部卒業後、大手監査法人、コンサルティング会社を経て、現在は玉置公認会計士事務所に所属。監査業務の他、非上場会社の株価算定やデューデリジェンス、企業へのコンサルティング、決算支援、再生支援等をおこなう。