【会計士の視点】海外旅行メイン、店舗型ビジネスの会計リスクを分析-エイチ・アイ・エス編

  • 2022年3月2日

エネルギー事業も電力卸価格や原料高で苦戦
現金、預金は十分にあるが旅行需要回復が遅れると不安要素も

連結貸借対照表を分析

 次に連結貸借表を分析したいと思います。HISの今の状況を考えると、貸借対照表を見る視点としては「倒産しないか」「本当に資産性があるのか」という点が重要なので、その点を中心に分析したいと思います。

 まず倒産するかどうかという点で一番重要な資金力については、これは今時点では特に問題がなさそうだと考えられます。

 その理由としては非常にシンプルで「現金及び預金が十分にある」ということで、具体的には1014億円の現預金に対して、流動負債は872億円と、流動負債を全部現金だけでカバーできている状態で、またコミットメントライン契約の残高も383億円(連結貸借対照表注記の※5)、さらに後発事象では増資と新株予約権の発行で合計214億円の調達というように、十分な資金力があると考えられます。

 この連結貸借対照表注記の※6を見ると、財務制限条項(抵触したら借入金を返さなければいけなくなることもある条項)に引っ掛かっており、また自己資本比率も10%割れと決して楽観できる状態でないのは間違いないのですが、ただこの財務制限条項の対象の借入金は現状継続的な支援を受けられているということと、また金額的にも345億円と絶対に返せない範囲ではなく、さらに継続企業の前提に関する注記もないことから、少なくとも「今すぐ潰れる」というのを心配するような状態ではないと考えられます。

 次の資産に価値があるのかについては、珍しいことにコロナの影響を受けた2020年10月期に有形固定資産が大幅に増えて、2021年10月期もほぼ横ばいとなっております。

 この有形固定資産の内容については、明確な答えは分からないものの、ただセグメント情報のセグメント資産を見ていると、増えているのは主に「ホテル事業」「エネルギー事業」であることを考えると、おそらくコロナ前から進めていたホテル開発や、エネルギー事業関係の固定資産が増えたのではないかと推測されます。

 また無形固定資産についても、2019年10月期まで増加傾向にあり、2020年10月期、2021年10月期は若干減ったもののまだ201億円もの残高があり、この内容や資産性は確認が必要と思われます。そして、これについては監査報告書でも触れられている論点なので、後で詳しく解説したいと思います。

 投資その他の資産では、繰延税金資産と差入保証金の残高が大きく、繰延税金資産はこれも後で分析しますが、「将来課税所得が発生するのか」という点が重要で、ここに記載されている金額は今時点で「回収可能性あり(=将来課税所等が発生することが合理的に予想される)」とされているものです。

 差入保証金については、HISは本社社屋をセールアンドリースバック(一度売却して、その後賃料を支払って借りるスキーム。一般的には売却資金による資金調達のためにやることが多い)したこともあるので、その辺りで増えたのかと想像しております。(今この環境で店舗を増やすとも考えづらく、店舗の敷金が増えるということも考えづらいので)

連結損益計算書を分析

HISの連結損益計算書を3期間で分析すると、

  1. 売上高は2019年10月期と比べて15%まで落ちて、粗利益は11%まで下落

  2. 一方で販売費及び一般管理費は64%までしか減らず、営業損益が大幅に悪化

 ということが分かります。



 売上高や粗利益が大幅に落ち込んだのは、ビジネスの把握のところでも見たように、HISが元々海外旅行を中心とした旅行業であり、その中心となる海外旅行がコロナでほぼなくなったことによる影響で、「それは確かに厳しいだろうな」という感じです。

 一方で、販売費及び一般管理費については、内容を見るとコロナ前もコロナ後も半分くらいは人件費で、それ以外だと広告宣伝費、賃借料、減価償却費といったあたりが大きな金額となっていることがわかります。

 この費用構造がOTAとの一番の違いで、例えばアドベンチャーやエアトリでは販管費に占める人件費の割合がコロナ前は10%~25%程度で、むしろ広告宣伝費の方が圧倒的に多額であったのが、コロナ後には広告宣伝費を大きく削って、人件費も削るもののそこまでは削ることができず、結果的に販管費に占める人件費の割合が相対的に大きくなるということになっておりました。

 HISの場合、元々販管費の半分くらいを人件費が占めており、人件費はそう簡単には削減することができないので、売上が大幅に下がる中でもなかなかコストカットもうまくいかない・・・・という非常に苦しい環境になっております。

 以前の記事で分析したように、アドベンチャーやエアトリがコロナ禍の中で利益を出せた要因は「GoToトラベル等の追い風も利用して国内旅行の売上を確保しつつ、広告宣伝費を中心にコストを大幅削減」という点が共通していました。

 その点で言うと、HISのような店舗型のビジネスの場合、こうした時に削減しやすい広告宣伝費の割合がそもそも小さいためコスト削減もなかなかうまくいかず、しかもGoTo対象の国内旅行も元々割合として小さいというように、一言で旅行業と言っても、ビジネスモデルによってコロナから受ける影響が全く違い、HISは旅行業の中でも特に影響が大きい会社だということが分かります。

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