法律豆知識、最近の相談事例から〜準備のための視察旅行は誰の負担か(81)


最近の相談事例で次のようなものがあった。
ある業者団体が、組合員を対象に定期的にバリ島健康ツアーを出すことを計画し、旅行業者のA社と交渉を開始した。その準備の一環として、事務局長夫婦がA社の担当者とバリ島を視察旅行をした。
ところがその後、その業者団体の都合で、健康ツアーを出すこと自体が中止となってしまった。A社は事後処理として、バリ島視察旅行の旅行代金を業者団体に請求したが、業者団体は支払いを拒絶。そこで、A社は、実際に旅行した事務局長夫婦に請求したが、同夫婦も拒否し、トラブルとなってしまった。

旅行業者の言い分は単純である。バリ島健康ツアーが成立するなら、準備の視察旅行費用は後に回収できるので特に請求しないが、実現しなかった以上、払ってもらわなければ困るというもの。
事業者団体の言い分は、バリ島健康ツアー自体が当時実行するかどうか検討段階であったし、そのことは旅行業者もよく知っていたはず。準備段階の費用は、それぞれのリスクで解消すべきもので、駄目になったからといって後から請求されても困る。
担当者夫婦の言い分は、バリ島旅行はあくまでも事業者団体の職員として行った業務上のもので、個人として費用負担するのはおかしい。実際の視察旅行も、仕事だったので自由はなく、旅行を楽しむ余裕もなかった。妻が同行したのも、自分一人で十分と言ったのに、旅行業者が「是非奥さんも」ということを理由としており、妻も旅行はたいして楽しんでいない。

このようなトラブルは時々耳にする。事前の視察旅行は、修学旅行や会社の慰安旅行の準備で見受けられる。うまく旅行契約が成立すればいいが、そうでないと、本件のようにその費用負担でトラブルとなりやすいのである。契約社会では、準備段階でも、そのための契約を結んでおく。
MOU(memorandum of understanding)、いわゆる覚書がこれで、【1】前提となる事項の確認、【2】準備段階での費用負担、【3】本件のようにうまくいかなかったときの清算方法、【4】準備で知り得た相手の営業上の秘密の秘匿義務、【5】進行スケジュールの概略、【6】互いに本契約をすべき義務は負わないことの確認、等の事項を、明文を持って事前に取り決めておく。そうすれば、本件のように、計画が途中で頓挫しても、清算方法でもめることはない。
とはいえ、日本で事前にMOUが結ばれていることは稀である。しかし、これからは日本社会も複雑になるし、一方当事者が外国企業ということも増える。MOUを活用するような契約実務がどんどん採用されて欲しいものである。

MOUが無い本件の処理は難問である。
バリ島健康ツアーの不成立が、業者団体側に信義則に反するような悪しき事情があれば、A社は、視察旅行の費用だけでなく、旅行業者として実際に支出した準備費用を事業者団体に請求可能である。「契約締結上の過失」といって、契約締結に至れなかったことに責任ある者は、信義則上相手に対し賠償責任があるのである。
しかし、信義則に反するというケースは稀である。さまざまな事情を考慮してツアーを出すことを見合わせたとか、他の旅行業者の方が費用や内容が有利なので他社と契約したという場合は、信義則に反するわけではない。
ただ、本件は事務局長夫婦がバリ島旅行をしたことは間違いない。視察旅行では、半分仕事だったので十分楽しめなかったのも事実であろう。ただし、楽しめた部分もあったはずである。妻については、A社が是非にといった事情もあったことだろうが、旅行として結構楽しめたであろう。
実際的な解決としては、本件は話し合いの末、妻の分は業者団体と事務局長が折半し、事務局長の分はA社が負担するということで示談により解決した。
本件は、話し合いでこのように解決できたから良かったが、深刻なトラブルに発展することも多い。やはり実務としては、事前にMOUを締結しておくということを励行して欲しいものである。
=====<法律豆知識 バックナンバー>=====
第80回広告やパンフレットで掲載する食事の写真
第79回 添乗員無しのツアーの落とし穴〜緊急連絡先
第78回 「ハンパな処理」がトラブルを呼ぶ〜応用事例
第77回 「ハンパな処理」がトラブルを呼ぶ
第76回 ツアー中の雪崩事故とガイドの責任
第75回 羊蹄山有料登山ツアー凍死事件と教訓
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