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年間100泊の「お宿好き」が思う、「心に残る宿」の共通点-Loco Partners塩川一樹氏寄稿

  • 2022年3月22日

私の中の「センス・オブ・アライバル」体験ナンバーワンは伊豆のH旅館

 伊豆への家族旅行、自家用車で数時間をかけて伊豆のH旅館へ。駐車場に車を停めて、車から降りたそのとき、駆け寄ってきた仲居さんから私の娘(当時3歳)に一言あいさつ。「〜〜ちゃん、こんにちは。ようこそH旅館へ。お誕生日おめでとう!」。娘は飛び上がって喜び、そこからはじまるあたたかい接客によって思い出深い1泊2日に。

 仲居さんの目線とあいさつは、予約者である私や家内ではなく「まず先に子どもの目線で子どもから」。きちんと「名前で」あいさつを交わし、(後から聞いたのですが)「車のナンバープレート」と「宿泊日」、そのときの家族の雰囲気(誰が主役の旅行なのか)を推察、そして過去の宿泊時の対話の記憶(記録)から読み解き、確証を得る。到着した時の第一声を笑顔で、最高のお迎えをする。

 この体験をしたら、一生その旅館と付き合っていきたいと思いますよね。前述のH支配人とY総支配人の教えに加え、自身の体験からも「センス・オブ・アライバル」はお宿の在り方に示唆をあたえる考え方だと理解が深まりました。

「思い出を磨き続ける宿」

 自身の体験から派生して思い出されるのが、「思い出を磨き続ける」がコンセプト福島のM旅館。時代が進めば進むほどに、その当時の記憶は薄れていくもの。ですがM旅館では当時の対話の内容を記録し、ゲストがまた泊まりに帰ってきてくれたときには、タイムカプセルを開けるような気持ちで当時の思い出話を切り出し、お迎えをするのだといいます。

 些細な対話の記録が時を経て、記憶を呼び起こすきっかけとなり、その人の中だけにある大切で輝かしい人生の1ページが思い返される。「ああ、あのときこんなことがあったな」「またここに帰ってくることができた」お客様は様々な回想をされるそうです。そして宿を後にするときには「また必ず帰ってくるね」「また思い出話をしよう」「変わらないでいてくれてありがとう」などと感謝の声が多いとか。

 宿泊体験には、物理的で表面的な体験だけでなく、その人の内面にある時空を超えた対話の体験が多分に寄与するものだと思えてきます。大切な思い出が、いつでも輝かしく取り出せるように「磨き続ける」と表現されているH社長のコメントが印象的でした。

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