法律豆知識(121)、旅行業者のリスク管理(その1)

  • 2007年3月24日
<はじめに>

 旅行に危険はつきもの。海外ツアーでバス事故が発生すると、旅行業者は正面から責任が問われる。これまでの判例では、バス以外にも山岳ツアーやスキューバーダイビングツアーで死傷事故が繰り返され、旅行業者が責任を負うケースも多い。

 事故が発生しないように事前の対策を講じるのが第一である。また、仮に発生した場合でも、事前に十分な対策を講じていれば免責されることもありうる。旅行業者にとって、日常のリスク管理は極めて重要な事である。

 このリスク管理の構築にあたり、過去の判例を分析し、多くの教訓、またはヒントを得るという作業がこれからは重要になってくるだろう。ただし、本コーナーで数度にわたり指摘しているが、日本で裁判になるケースが稀であることから、判例は極端に少ない。その中でも、いくつかの重要判例から検討を加えてみたい。


<リーディングケースとしてのカラコルムハイウェー事件と新判例>

 古いケースではあるが、昭和59年9月9日にパキスタンのカラコルムハイウェーで起きたバス事故に対して、昭和63年12月27日の東京地裁判決は重大な意義を有しているだろう。

 事故は、バスでカラコルムハイウエーを移動中に、路上の岩にぶつかったタイヤがバーストして、それによりバスの運転手がハンドルを取られて谷底に転落し、4名が死亡、9名が負傷という大事故だ。

 バスのタイヤが丸坊主であったことから、タイヤのバーストが最後まで争点となったが、裁判所は丸坊主でなくても当該バーストが起きたか否か判断しかねるとして、バスを運行させているバス会社をサービス提供業者として選択した旅行業者の責任を否定して原告の請求を棄却した。

 ただし、裁判官は旅行業者の責任が無いとすることについて、かなり抵抗感があったことが想像に難くない。判決で旅行業者に対し、バス業者の選択を含め、極めて厳しい安全確保義務がある旨の詳細な判断を加え、本件の旅行業者はその安全確保義務に反していたと読まざるを得ないような内容である。

 そのため、旅行業者は、現地で使用されているバスのタイヤの状況まで点検する義務があるのか、ある場合は添乗員がどこまで責任を負うのか、読者からかなり深刻な問題提起を受けた。

 従ってその内容は、旅行業者にとってリスク管理上で、多くの示唆するものを含む。その一方、いかなる場合、いかにすれば、免責されるかという観点からは、新たな判例の展開が望まれていた。その状況からすると、スキューバダイビングの講習中に起きた死亡事故に対し、平成17年6月8日の大阪地裁判決は、大変参考になる。

 この判決は、受講生の死亡に対し、インストラクターとスクールを実行した会社に、損害賠償義務を認め、ツアーを企画(主催)した旅行業者の責任を否定した。次回はこの判例から、なぜ旅行業者が免責されたかを、カラコルムハイウェー事件と対比しながら検討し、旅行業者が日常のリスク管理の検討を行う。


   =====< 法律豆知識 バックナンバー>=====

第120回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その3)

第119回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その2)

第118回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その1)

第117回 日本のADRの現状:簡易裁判所から消費者センター

第116回 裁判所の活用の仕方−旅行業関係者に向けて


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執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
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