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法律豆知識(111)、航空私法入門(その2)

  • 2007年1月13日
<旅客の死傷事故>

 今回は前回に引き続き、モントリオール条約の内容を検討していく。

 モントリオール条約の改正で最も注目すべき項目は、旅客の死傷事故の補償関係であろう。補償金額のうち、運送人(航空会社)は、10万SDRの部分までは「厳格責任(strict liability)」を負い、これを越える部分については、限度額を設けていない。さらに、過失推定責任を負うものとしている。

 ワルソー条約では、運送人が無過失の証明をしない限り、運送人の過失は推定されるという意味で、過失推定主義が採用されていた。しかも、上限が12万500金フランとなっていた。「厳格責任(strict liability)」とは、先進国において、上限のある過失推定主義では航空機事故での死傷者、その遺族が保護されないとして、第二次大戦後、その改正の試みが繰り返しなされたことは前回述べた通りだ。

 しかし、発展途上国からみると全く逆となる。発展途上国の運送人が事故を起こした場合、自国民の被害者に対しては低額の賠償金なのに、先進国の被害者は高額の賠償を支払うことになると、自国民の納得を得るのが困難となる。

 その結果、ワルソー条約の改正作業のなかで、発展途上国と先進国間の意見対立が激しく、意見統一がはかどらなかった。こうした状況において、アメリカがこのままでは自国民の保護が図れないとして、ワルソー条約脱退の一歩手前まで至ったことも、前回紹介した。ワルソー体制が長く続いた中で、やっと統一条約に至ったのが、今回のモントリオール条約である。


<日本の航空会社の健闘>

 条約の改正の努力については、前回その概略を説明したが、その流れの中で、1つ紹介しておきたいことがある。

 1992年11月20日、日本の航空企業は、その旅客に対するワルソー条約上の責任限度額を放棄する旨の運送約款の採用を決定した。責任限度額の放棄は、世界に先駆けてのことで、当時「ジャパニーズ・イニシアティブ」と評され、高く評価された。

 日本の航空企業は1981年、約款で無過失の抗弁権を放棄しており、日本の航空会社の努力は、モントリオール条約の成立にあたって、大きな原動力となったことは間違いない。


<SDRとは>

 ワルソー条約では、単位が金フランであったが、その後、1978年に国際通貨基金が金の公定価格を廃止したことから、金フランは換価基準としては不適切になってしまった。その結果、単位はその後「SDR」、すなわち「国際通貨基金の特別引出権」表示に変わった。ちなみに10万SDRは、1600万円となる。

 モントリオール条約は、10万SDR、すなわち1600万円までは「厳格責任」で、それを超える部分は、「過失推定主義」となる。次回は、この「厳格責任」と「過失推定主義」の内容を検討する。<続く>


   =====< 法律豆知識 バックナンバー>=====

第110回 航空私法入門(その1)

第109回 犯罪歴とビザの関係(その2)

第108回 犯罪歴とビザの関係(その1)

第107回 旅行業者も下請保護法の対象に

第106回 海外留学の「商法」−業務提供誘引販売の注意点


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編集部: editor@travel-vision-jp.com

執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
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