武道と日本文化-ベルトラ創業者 荒木篤実氏

  • 2025年11月23日
伝統的茶室での茶道体験。「礼に始まり、礼に終わる」という礼節を重んじる考えは、武道・茶道に共通する重要な精神。

 私が通った高校は地方の公立高校(旧制中学)であった。比較的自由な風土があり、制服もあったが私服がOKだったので、私はこれ幸いとばかりに、ほぼ3年間通して私服で過ごした。そんな自由な高校生活ではあったが1つだけ鬼のように厳しい掟があった。それは体育の授業である。晴れた時はいいのだが、雨の時が最悪で、ほぼ1時間中ずっと校庭を走り続けないといけないのだった。なぜそんな理不尽なことをさせるのか、同級生もいつも不満たらたらであった。が、学校側には1つの持論があった。それは「知徳体」の教育を実践する、というものであった。

 それは読んで字の如くであり、知恵(知識)、徳(人徳、礼儀)、そして体(体力)、これらがすべて備わってはじめて1人前の人間になれる、よっていまはその鍛錬の時である、というものだった。当時は、そんな完璧になんでもできたら誰も苦労しないよ、と皆(自分も)嘯き、嘆きの日々であったことを思い出す。しかし、いまになって思えば、これは日本が室町時代からずっと大切に守り伝承してきた武道と礼法の精神そのものだったのだと思える。10代は、身も心もすべてが柔らかい。当然脆い部分も多いから、だからこそ、心身ともに鍛えよ、それが一生の財産になる、という意味だったのだろう。今思えば、たいへんありがたい教育を受けさせていただいたものだと、その英断にひたすら感謝である。制服(みかけ)より、人間性(中身)が大事なのだと、そういうことだったのだろう。

 さて、アニメの影響もあるのだろうが、日本のサムライや武道への関心は年々海外で高まっている。柔道(柔術)や空手などがいい例で、フランスやトルコをはじめ、世界中の国々で子供の頃から日本の武道を習わせるのがごく一般的なこととして考えられる時代になった。オリンピックでは、日本が柔道で負けることも珍しいことではなくなった。愛国心的には残念かもしれないが、それだけ世界に普及した、つまりグローバル化できたというのは、これはすばらしいことだと言えるだろう。

 ところが、残念なことに、せっかく日本への渡航者(インバウンド客)が増えてきたのに、彼らが本物の武道に触れる機会というのは実に少ない。ショー的に個人ベースでやっている方も存じてはいるが、正直、なにかが違うように感じてしまう。

 もちろん、当の自分でさえ、高校の時は、そのせっかくの大事な鍛錬の時間が嫌でしょうがなかったわけだから、何をか言わんや、といわれてしまえばそれまでなのだが。

 日本の武道は礼法と強く結びついている。相手を敬い、無用な争いをさけつつ、いざという時は身を守る。が、ベストなのは、戦わずして勝てるよう、日頃から心身を鍛錬しておけば、相手は無駄な戦いをしかけてこない、とも考える。このように、普段からの心構えと身体の鍛錬如何が、結局自分へと跳ね返ってくる、ゆえに自分を律する修行とすべしだと教えている。

 私事であるが、数年前に、実家の整理をしていた際、父方の先祖で、明治初期の戸籍謄本を発見した。そこには「士族」と記載されており大変驚いた。とはいえ、決して著名な大名系のご先祖さまではなかったようだと弟が調べて教えてくれた。その時は、がっかりしたが、ややほっともした。一方母方は、私の従兄弟が15代目になろうかという戦国時代あたりからの家系図があるようで、儒学者関連のご先祖だそうだ。その意味では家系的にはギリギリ文武両道の血筋と言えなくもないわけで、これでもはや言い逃れはできない環境が整ってしまった。いまさらだが、日本の真髄を会得するために、武道の集大成ともいえる合気道を近々はじめようかと思っている。

荒木篤実
パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。ベンチャー経営とITマーケティングが専門。ITを道具に企業成長の本質を追求する投資家兼実業家。