改善と革新の違い-ベルトラ創業者 荒木篤実氏

  • 2025年10月16日
USベンチャーのSamson Sky社による空飛ぶスーパーカーで陸空両用EV。全世界で既に2,500台受注済。Photo by Samson Sky

 最近、社会人になりたての頃のことを夢でよく見る。当時、期せずして、衰退しつつある製造業、なかでも斜陽産業といわれていた自動車業界に身を置くこととなった。そんな状況に、正直、悲観的な未来しか描けない自分がいた。そのことをよく覚えているからだろう。

 が、人間とは不思議なもので、いったん捨てた人生なら、もう怖いものなど何もないようだ。当時、新入社員として海外宣伝部に配属されたときは、誰に何をいわれようが自分が信じるように、ひたすら自分の可能性だけを信じて、ただ挑戦すればいい、そう勝手に決心している自分がいた。

 当時、新入社員懇親会で、社長と話す機会があった。その際、「君の夢は何かね?」と聞かれ、私は迷わず「4輪と2輪の可変自動車」と「空飛ぶ自動車(ヘリもどきのeVTOLではない)」を創りたいと答えた。それに対して当時の社長は、彼が技術畑の経歴だったこともあるのだろう、少しばかり困った顔をした後、次のように返事をしたのだ。「それは技術的に無理だね」と。私は、この会社に未来はない、とその場でそう感じた。そして、その4年半後、独立することになる。ちなみに、当時斬新だったこの2つのアイデアのうち、空飛ぶ自動車は、すでにアメリカのベンチャー企業が実現している。

 改善と革新。同じようだが、ちょっと違うように思う。戦術と戦略の違いと似ていて、方向性は似ているが、次元が違うのだと。改善はKAIZENとも書く、つまりすでに世界言語になっている。これはかのTOYOTA生産方式が世界中のあらゆる産業に浸透した結果である。見える化、ダッシュボード化(看板ボード)、KPI管理、無在庫、など、トヨタが当たり前にやってきたことは、いまは世界中のあらゆる産業界で真似されている。が、いくら表面的に形だけは真似ることができても、その真髄を真似ることはほぼ不可能だ。なぜなら、これらは状況把握のツールにすぎないからだ。実際の真価は、これを「どう判断に使うか」で勝負は決まる。特に社内でKPIを振り回す会社にはろくに成長できてない会社が多いと感じている。どうすれば成長できるか、そのヒントを探すための道具にすぎないのに、道具に振り回されているからだ。勝利の方程式は常に変化しているのに、だ。

 一方の革新とは何だろう。改善が戦術であり、革新が戦略であるならば、それは目的を達成するために、考え方をまるっと根本から変えてしまうことを意味する。例として、Airbnbが、供給不足の宿泊サービス業界に、ならば素人をサプライヤーにしてしまえ、としたのはまさに改善ではなく、革新である。これをいくら宿泊では先行していたBooking.comが真似したところで、その魂までは盗めなかった。だから追い越せないのだ。革新とはそういうものだ。が、今は新しいこのC2C市場も、将来はAirbnbにとってかわる新たな革新者によって、さらに別の新市場が生まれ、とってかわられることになるだろう。

 人間は成功体験に弱いといわれる。逆に失敗を多く経験している方が、いざという時に強い。その意味では不運なことも、結果的には自分次第で幸運に変えることができる。私は、もし当時希望する金融業界にはいれていたら、いまの自分はなかったと思う。その意味では、よくぞ入社試験で落としてくれたと、某大手金融機関には、いまではたいへん感謝している。

 いまの挑戦は、途方もない挑戦ではあるが、自分を信じられる限り、自らその挑戦をやめることはないと思う。そうやって戦場で力尽きるまで戦う1人の戦士でいたい。冒頭の夢から目覚めた朝、窓の外には秋のやわらかな日差しがあった。夢(回想)にちょうどよい微風を運んできてくれたのかも、そう思いながら、新しい夢へまた一歩前進を誓った。

荒木篤実
パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。ベンチャー経営とITマーケティングが専門。ITを道具に企業成長の本質を追求する投資家兼実業家。