LCCとの共存は可能か−JATA経営フォーラム

  • 2011年3月8日

「危機」を「チャンス」に 協調により互恵的関係の構築を

 全日空(NH)などが新会社を設立して年内の運航をめざし、ますます注目を集めている「LCC(格安航空会社)」。需要拡大の期待がかかるが、従来型の「FSA(フルサービス航空会社)」とは戦略はもちろん、そもそも方法論が異なり、旅行会社にとっては悩みの種となっている。また、FSAの多くがイールドの高い客層に注力するなかで、IT座席の減少や発券条件の厳格化などもあり、旅行会社としてはいかにこうした環境下でビジネスモデルを再構築するかが問われている。2月15日に、日本旅行業協会(JATA)が開催した「JATA経営フォーラム2011」の分科会で実施されたパネルディスカッションの内容から考察する。

                                                       
●モデレーター
近畿日本ツーリスト(KNT)執行役員・海外旅行部長 權田昌一氏
●パネリスト
エイチ・アイ・エス(HIS)執行役員仕入本部本部長 ボビー・A・ハック氏
ジェットスター航空(JQ)日本支社長 片岡優氏
アシアナ航空(OZ)副社長日本地域本部長 玄東實氏

LCCの波は旅行会社の「危機」

 片道4000円で世間を湧かせた春秋航空(9C)の茨城就航や、エア・アジアX(D7)の羽田就航、さらにはNHの新会社(A&Fアビエーション)設立など、日本にもLCCの波が押し寄せてきていることは間違いない。こうした流れについて、旅行会社を代表したパネリストであるHISのハック氏は、「LCCは(旅行会社にとって)危機」と言い切る。それは、LCCが消費者への直販や直接的なプロモーションを志向するためであり、契約の条件面がFSAと異なるためでもある。

 また、商品化の際に買い取りを求められるケースもあり、標準旅行業約款の取消料規定との齟齬も大きなリスク。HISでは、すでにLCCでの商品化をはじめているものの、「日本の旅行会社の約款など様々なルールは、正直に言ってまったく合わない」という。現在は「大変苦労しながらやっている」ところだ。

 一方で、LCCの波は「もう止めることはできない」とし、「危機をいかにチャンスに変えていくかを考えるしかない」と強調。さらに日本発着の航空座席が増加していないなか、インバウンドが大きく拡大することで、結果として旅行会社のIT用の座席が減少している現状を指摘し、「LCCはもちろん、関係者が一緒になって取り組み、需要を増やしていく」ことが必要であるとした。

航空会社は市場に合わせて直販と流通を最適化

 ハック氏の語る通り、LCCとの共存は本当に可能なのか。玄氏は、航空会社側の事情として、OZなどが出資したエアプサン(BX)について「直販比率は国内線でも54%、55%、国際線においては40%に過ぎない」といい、「(直販と旅行会社の)片方だけではなく、両方をうまく組み合わせて総合的な収入、我々がめざすレベニューの達成に向けて努力しているのが現実」と説明する。

 JQも、オーストラリア線で6割、ジェットスター・アジア航空(3K)の関空/台北/シンガポール線で5割が旅行会社経由だ。片岡氏は「LCCということでよく直販比率の質問を受けるが、JQは特に日本においては、直販比率を高めようという目標を持ったことはない」と強調。JQとしては、直販と旅行会社経由それぞれで多様な商品を提供することを重要視しているという。片岡氏は、具体的に「団体旅行や修学旅行は航空会社ではハンドリングできない」としたほか、パッケージについても、JQ子会社で販売を試行したところ、「(旅行会社の商品には)料金的に敵わないし、ブランドの安心感も当然なく、年間何人という単位でしか売れなかった」という経験を明かした。

 片岡氏はまた、新聞広告の費用がオーストラリアの約10倍、テレビは約20倍であると例示し、「直販が増えてしまうと、特に日本においてはコストがかかる部分が多い」と言及。さらに、ベトナムで運航するグループ会社では、クレジットカードが普及していないことから小さな町にもJQの支店を置いているが、旅行会社の流通が強いため、国内線でも直販比率が10%程度とし、「地域によって棲み分けをしているというのが実際のところ」とした。

 ハック氏も、「D7の直販が90%という話がどこかであったと思うが、そのほとんどが現地ではないか。私が見ている限り、良し悪しは別にして日本の直販比率はまだ低い」と指摘。その上で、そこにこそ旅行会社の出番があるとし、「やり方によって可能性は十分にあるのではないか」と語った。

互恵的関係を「創り上げる」

 旅行会社とLCCが共存するために必要なものは何か。パネリストに共通したのは、“協調”だ。玄氏は、「この20年間、日本国内18空港からの路線を一つも潰すことなく運営できた」のは、旅行会社との関係の積み重ねであったと述べ、さらに、総体的な需要喚起をはかる上では「航空会社のみでは絶対に不可能」と語った。

 片岡氏は、2007年の就航時は「LCCという言葉自体がまだ浸透していない時期」であり、旅行会社からもLCCであれば団体を取らないだろう、すべて直販でやるのではないか、といった懸念があったという。実際に、本社が当初策定した運航計画や路線計画、事業計画はオーストラリアでの戦略をそのまま当てはめようとしたものであったが、日本市場の特性に合わせるためにこれを変更。その際に、旅行会社との対話のなかで「ここまではいける」「ここからは無理なので直してくれ」といったやりとりを経て、日本用にパッケージ用の料金を設定するなど、お互いにメリットがある料金形態や条件を「両者で創り上げてきた」という。

 ハック氏も、「早い段階からコミュニケーションをとること」が重要と強調。また、「親会社が旅行会社であり、ある程度気持ちを分かってくれる」という9Cを例に、LCC側が日本市場や旅行会社側の事情を考慮しようとする姿勢がプラスに働くとした。逆に旅行会社側の姿勢として、「今までと同じようにノーリスクで席をもらって、好きなように販売し、1ヶ月前に返すというということは、徐々に考え方を変えていかざるを得ない」と述べた。

航空市場の成長には自由化がカギ、一部LCCは「ハイブリッド化」

 パネルディスカッションの前段として、フォーカスライトジャパン日本代表の牛場春夫氏がLCCの基礎的な情報をレクチャーした。例えば、2001年から2009年の夏スケジュールの供給座席数をLCCとFSAで比較すると、欧米ではLCCの座席数が右肩上がりで増加しているのに対し、FSAは北米で減少、欧州はほぼ横ばい。アジアでは、市場自体が拡大していることもあってLCC、FSAともに座席を増やしているが、伸び率ではLCCが上回り、シェアを伸ばしているという。

 また、牛場氏は欧州の例を取り、1995年から2009年までに航空需要が約3倍となっているとし、この契機は1997年の航空自由化であったと指摘。この航空自由化の後、ライアンエアー(FR)が急成長したという。また、2007年のデータでは、FRの旅客のうち他の航空会社の顧客であった層は全体の37%で、FRがなければ旅行しなかった層、つまりFRが新たに需要を開拓した層が全体の41%にのぼる。その上で、日本でも航空自由化が進み、空港の発着枠と着陸料の課題が解決すれば、日本の航空市場が大きく成長する可能性があると主張した。

 このほか、成熟したLCCがさらなる成長をめざす過程で、一部のLCCがインターラインやプレミアムサービスの提供を開始しているとし、これを「ハイブリッド化」と説明。一方、FRはLCC本来のビジネスモデルを守る「ピュアなLCC」であるという。LCCはもともと直販をビジネスモデルの柱としているが、逆にいえば「ハイブリッド化」したLCCは旅行会社に期待を寄せる素地があるといえそうだ。