第14回・法律豆知識、査証申請用の質問書に「親指欠損」と補充できるか?

  • 2005年8月5日
旅行業者の従業員が、米国査証申請のための質問票に「右親指欠損」と補充記載したことは、本人の同意を得ていなくても委任の趣旨に反する違法行為には該当しない(東京高裁平成2年9月11日)。

▽事実経過
 Aは旅行業者B社主催の「スペシャルハワイ6日間の旅」に申し込んだ。昭和63年11月のことである。この当時、米国入国に査証は不要であったが、この措置が間もないため、B社は入国手続きがスムースに進む配慮から、旅行者一般に査証取得を勧めていた。この米国査証申請用の質問書の質問事項18に、「特に目立つ特徴(目に見える傷痕,ホクロ等)」という項目があった。Aはこの欄に「ない」と記載したが、実は右手親指が欠損していた。
 B社の従業員Cは、この質問書を受領後、その質問事項18の欄に「右手親指欠損」と補充記入。この申請書はB社のオペレーションセンターに送付された後、米国大使館に提出された。この間、B社は補充記入について、Aから同意を得ることはしなかった。
 Aが米国大使館に出頭すると、一般とは異なる入国申請カウンターでの対応となる。大使館の担当者の指示で両手を前に出させられ、親指欠損の理由を聞く質問に対して「仕事で失いました」と答えたものの、ビザ申請は却下された。
 実は、Aは自動車修理工をしていた15歳の時に、電動グライダーの操作を誤って右手親指を欠損したもの。欠損自体は暴力団とは何の関係もなかった。

▽なぜ敢えて補充記入したのか
 質問書に虚偽記入した場合、米国の法律違反となり、入国後に発覚すると、強制送還や刑事罰の対象となる。そこで、日本旅行業協会関西支部では「米国査証マニュアル」を作成。記入漏れがあった場合に、旅行業者は本人に事前確認をした上で、赤ボールペンで追加記入する事としていた。特に、質問事項18は、顔の部分にある傷痕、ホクロ、イレズミ、指の欠損がある場合、必ず記入することとしていた。
 Cはこのマニュアルに従い、指の欠損を補充記入という行動をしたのだ。しかし、本人への意思確認が事前は勿論、事後もなされなかった。
 Aは米国大使館で悔しい思いをしたのであろう。それ故、本件訴訟を提起したのである。指の欠損は記入しなければならない事項であったが、B社から同意を求められれば、Aはその時点で、申請を維持するか申請を撤回するかの選択が出来たはず。この機会を失ったことはAにとって、納得のいかない理由であった。

▽裁判所の判断
 裁判所は、同意を求めなかったということについて問題視した。しかし、欠損自体は事実。これを記入すべきことも事実だったことから、「違法な行為であったとみることは困難である」と、もってまわった表現で一審判決でのAの勝訴を取り消し、旅行業者の勝訴とした。

▽教訓
 本件で旅行業者が勝訴したからといっても油断してはいけない。現に一審では旅行業者が敗訴していたのだ。この控訴審も、すれすれで勝訴したというのが実状だ。
 旅行関係では、ビザ申請や入国、税関手続きなど、一般の旅行者では作成の困難な書類は多い。このような場合、旅行業者が作成のサポートをしなければならない機会は多いはずだ。この場合、特に本人にとって不利益な情報の追加、訂正の場合は、必ず本人の意思確認をしてもらいたい。それを怠ると、本件のように訴訟まで発展することもあり得るのだ。