海外教育旅行を「深い学びの場」へ 旅行会社との信頼関係が重要
講演を実施した辰野氏と宇野氏、中山氏
観光庁はこのほど、学校関係者や旅行会社を対象にオンラインで「海外教育旅行セミナー」を開催した。同セミナーは旅行会社と学校が連携して海外教育旅行プログラムを構築する「海外教育旅行プログラム付加価値向上事業」の一環として行ったもの。
政府は2033年までに日本人留学生をコロナ前の22.2万人から50万人(うち高校生は4.7万人から12万人)に増やす目標を掲げており、グローバル人材の育成を推進しているところ。海外教育旅行は若者の海外への関心を高め、将来的な留学や国際的な活躍に繋がるとともに、中長期的なアウトバウンドの増加にも寄与することから、裾野拡大をはかっている。
辰野氏
セミナーではグローバル教育推進プロジェクト(GiFT)代表理事で、東洋大学客員教授も務める辰野まどか氏が登壇し、「大人のための世界のとびらの開き方~海外教育旅行を生徒の深い学びの場にするために~」をテーマに講演を行った。
辰野氏は、海外教育旅行を単なる体験に終わらせず、生徒の内面に変化をもたらす学びの場にする必要性を強調。その鍵となるのが「コンフォートゾーン(居心地の良い日常)」から「ラーニングゾーン(価値観が揺さぶられる学びの領域)」へと一歩踏み出すことで、「海外の教育プログラムはコンフォートからラーニングに行ける場所」とその重要性を訴えた。
同氏によれば、人は無意識のうちにコンフォートゾーンにとどまりがちだが、そこから一歩外に出ることで新たな視点や可能性と出会い、つながりが生まれ、新たな自分に出会えるという。
また、辰野氏は海外教育旅行を通じて「自己肯定感が広がり、社会参画や貢献度が上がる」とし、個人の内的成長が社会的な変化にもつながると指摘。将来の人材育成の観点からも、教育旅行の意義は大きいことを示唆した。さらに、旅行会社や学校関係者自身も「今までの自分の下地となっている世界を一度捨て、新しい目で世界を見てほしい」と呼びかけ、教育に関わる大人自身のマインドセットも問い直す必要があるとした。
このほかセミナーでは、辰野氏がGiFTが展開する教育プロセス「グローバル・シチズンシップ育成(地球志民教育)」について説明。①自己を知り受け入れる、②相手を知り受け入れる、③共に取り組み創る④社会に参画し貢献する、という4段階のプロセスで海外教育旅行を組み立てているという。
辰野氏は、よくある探究学習では「突然、課題を見つけて解決させようとする」傾向があるが、それ以前に「自分が何にわくわくし、何にもやもやしているのか」を知ることが重要だと強調。内省と対話を重ねることで、「やらされ感のあるSDGs学習」ではなく、「自分ごととして自走する学び」が生まれるとした。
さらに、事前研修でのマインドセットの共有や、言語に頼らないノンバーバルな交流の重要性にも触れ、「きれいな英語を話すことが目的ではなく、深く知り合うことこそが目的」であると語った。
ブルネイとラオスの事例を紹介、教員の生の声に注目
宇野氏
セミナーの第2部では、海外教育旅行の実施事例として、エムアールシージャパンと関東学院六浦高等学校による「ブルネイ・ダルサラーム国における異文化交流教育旅行」と、JTB京都中央支店と立命館高等学校による「Discovery Tour in Laos ~ラオスを通して発見する新しい自分の過去、現在、そして未来~」が紹介された。
ブルネイの事例は「アントレプレナーシップ(起業家精神)の育成」を軸に据え、9泊11日の日程のうち7日間でホームステイを実施。ブルネイの歴史や文化、イスラム教が根付いた暮らしを深く体験し、現地の官庁や教育機関、在日本ブルネイ大使館や在ブルネイ日本大使館などとも連携した。
関東学院六浦高等学校で国際部部長を務める英語教師の宇野真泰氏は、「ブルネイとのつながりができたことが一番大きい。『どこ?』からはじまった国に親友ができる、これほどの付加価値をつけられた研修はなかなかないのでは」と語った。
中西氏
一方、ラオスの事例はGiFTとの共同企画で、選択式の修学旅行の1コースとして、6泊7日の日程で実施した。ラオスの農村にホームステイし、現地の学生とチームを組んで活動。サステナブル・ツーリズムの観点から、持続可能な未来につながるアイデアを共創することを目的とした。
立命館高等学校英語科・グローバル教育部の中西美佐氏は海外教育旅行について「生徒の価値観や心が揺さぶられる現体験となる。それを内省につなげると自己変容・自己成長が起こる」と意義を強調。こうした体験が生徒の人生観や価値観、日常の行動や将来のキャリアにも影響を及ぼすとした。
宇野氏と中西氏からは共通して、旅行会社との信頼関係や、現地での安全・安心の確保が学びの前提であるとの声が上がった。宇野氏は現地で生徒が新型コロナウイルスに感染した際、旅行会社が親身になってサポートしたことを例として挙げた。
さらに、「生徒の振り返りの時に旅行会社の方が一緒に対応してくれた。生徒が内気でコミュニケーションが取れなかったときも教員とともに励ましてくれた」と振り返り、「引率の教員と旅行会社間の信頼関係がないとなかなか難しいが、親身になってチームとして一緒に生徒を見てくれたのは大変ありがたかった」と話した。
中西氏も旅行会社による安全面でのサポートや安心感の提供があったからこそ、教員が生徒にしっかり向き合うことができたとし、「生徒との対話、交流は、生徒にとって一人の大人の考え方や感じ方に触れられる良い機会になった」と振り返った。