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現地レポート:カナダ北部の大自然をめぐるアドベンチャー・クルーズ

  • 2009年7月10日
イヌイットの村からホッキョクグマの棲む大地へ
カナダ極北地方、クルーズで行く迫力の冒険旅行


 道路も航空路もない、人もほとんど住んでいない、あるのは手つかずの原野と野生動物ばかり――。そんなカナダ極北地方に海から接近して上陸、本格的なアドベンチャー体験を満喫する。まさに探検隊の一員になったような気分で北の大自然を体感できるのが、カナダ・クルーズ・ノース・エクスペディションが催行するツアーだ。ケベック北部の先住民イヌイットの組織によって設立された同社は、毎年7月から9月にかけて、カナダ北東部の北極圏を含む広大な海を舞台に、6日間から11日間の8コースのクルーズを運航している。イヌイット村の訪問や、ホッキョクグマなどが生息する自然地帯でのネイチャーウォークなど、イヌイットならではの経験と知識をいかしたユニークなエクスペディション(探検旅行)が催行される。今回は、ニューファンドランド島のセント・ジョンズからラブラドール半島を北上する11泊12日の「スピリット・マウンテン」コースを体験した。


決して豪華ではない、けれどアクティブでアカデミックな船旅

 セント・ジョンズの港で乗船したのは、ロシアの船会社が所有するリューボブ・オルロバ号。カナダ・クルーズ・ノース・エクスペディション(クルーズ・ノース)はシーズン中、この船をチャーターしてクルーズをしている。内部は実にシンプルだ。収容人員は122名で、シャワー、トイレ付きの57の客室とダイニングルーム、バーラウンジ、ライブラリー、そしてレクチャールームがあるのみ。海の状態によっては揺れも激しく、これで何日も過ごすのかと少々不安になるが、氷山や流氷もゴロゴロ浮かぶ極地の海にはこの船は最適なのだという。冬季には南極探検クルーズにも使われているという実力派だ。

 カジノやボールルームなど豪華な施設は一切なく、またエンターテイメントのプログラムもほとんどない。そのかわり、デッキにでれば巨大な氷山やクジラ、そして太古の地球を思わせるような秘境の岸辺など、ダイナミックな景観を存分に楽しむことができる。また、動物や植物、地質など北極圏の自然の専門家たち十数人が同乗しており、航行中は彼らによるスライドショーやレクチャーが頻繁に催される。もちろんエクスペディションではそうした専門家と一緒に歩き、より具体的なフィールド・レクチャーを受けられるのだ。得るものの非常に多いアカデミックな内容のため、乗客には大学教授などインテリ層も多い。また毎年コースを変えて参加しているというネイチャーツアー好きのリピーターも目立っていた。






イヌイットの村で子供たちと遊ぶ

 クルーズ中は、ほぼ毎日1ヶ所以上に上陸し、エクスペディションが実施される。といっても客船が横づけできるような港があるわけではないので、参加者は沖合に碇を下ろした船から十数艘のゾディアックに分乗して接岸する。小さなゴムボートで船隊を組んで岸に近づいていく様子は、まさに探検隊のよう。心躍る瞬間だ。

 まず上陸したのは、ニューファンドランド島最北端、世界遺産のランス・オウ・メドウ。コロンブスよりも500年も早くバイキングがやってきて生活していた遺跡だ。ここを皮切りに、ラブラドール半島のレッド・ベイやバトル・ハーバーなど、かつてヨーロッパの漁師たちによって作られた漁村を訪れる。そして徐々に北上してマコビック、ネインなど、イヌイットが生活する小さな村へ。ネインでは村の集会所で歓迎を受け、ソープストーンの彫刻などローカルアーティストの作品を見学。その後、何気なくついてきた子供たちに案内されて、見晴らしのいい山の上までハイキングを楽しんだ。子どもたちはあまりにも素朴で人懐っこく、そして驚くほど元気だ。


「魂の宿る山」をハイキング、そしてホッキョクグマとの遭遇

 12日間のクルーズのハイライトとなったのは、7日目から訪れたトーンガット・マウンテン国立公園だ。トーンガットとは、イヌイットの言葉で「魂の宿る地」の意味で、数千年にわたってこの地で暮らしてきた彼らが聖地として崇めてきた場所だ。エリアはラブラドール半島の北端9700平方キロメートルにわたって広がっており、深くえぐれた数々のフィヨルド、海辺からいきなりそそり立つ山岳、そしてその合間を埋めるツンドラの原野など、変化に富んだ景観が次々と迫ってくる。人工的なものは一切ない。北の野生動物がのびのびと暮らす悠久の自然地帯だ。

 入り組んだフィヨルドのいくつかに入り込み、その手つかずの大地を踏みしめた。めまいがするような大きな風景の中、岩山を登ったり、永久凍土の大地を覆う草原を歩いたり。上陸後は、なるべくグループでまとまって歩くよう、注意される。ホッキョクグマがいつどこから出てきても不思議ではないからだ。熟練したイヌイットのハンターも同行。彼らが常に銃を持って先導し、あるいは高台に立って見張っていてくれる。その中で慎重にハイキングを楽しむのだ。

 実際、ホッキョクグマには2度遭遇した。岸辺にいる大型のオスをゾディアックで30メートルほどまで接近して観察することもできた。フサフサとした白い毛皮が日の光に輝いて、とてもきれいだ。ほかにも、カリブーやアザラシなど野生の姿をいたるところで発見した。


日本人向けツアーにはアレンジが鍵

 このクルーズ・ノースの船旅は、ネイチャー好き、アドベンチャー好きな人にぜひともおすすめしたいツアーといえるが、日本人旅行者が参加する場合、言葉の問題が大きな壁となるのも事実だ。ツアーのスタッフはもちろん、参加者もほとんどが欧米人で、クルーズ中は完全に英語の世界となる。避難訓練やエクスペディションの際の重要な注意事項も、もちろん英語だ。特に毎日のスライドショーやレクチャーは、とても価値ある内容ながら難しい専門用語も多く、理解するのはなおさら難しい。さらに1日3回の食事は、他の参加者やスタッフとテーブルをシェアして会話しながら楽しむのが基本だ。閉ざされたボートの中でこの状態が何日も続けば、多少英語に自信がある人でもかなりストレスがたまってしまう。

 ニューファンドランドをベースにするツアーオペレーター、ミキ・エンタープライズの石渡文子氏もこのクルーズを視察。「非常に面白い船旅だが、今のままで日本のFITに提供するには無理がある。自然科学に精通した通訳を付けるなど日本人向けにカスタマイズしてツアーにすることができれば、潜在需要を掘り起こせるのでは」と語る。

 確かに、レクチャーなどは、日本人向けに通訳付きで別枠で行うことができれば理想的だ。随時行われる船内アナウンスも通訳があれば不安はない。小規模なクルーズ船なので、人数さえ集まればこうしたアレンジはむしろフレキシブルにできると思われる。

 今年1月、クルーズ・ノースのツアーはナショナル・ジオグラフィック誌で世界のアドベンチャー・クルーズのトップ5に選ばれた。その内容の深さと実際の顧客満足度が評価されたものだ。言葉に不安のないツアーとして整えば、本物の自然体験を求めるコアな層に向け、日本でも確実にアピールできるユニークな商品となるのではないだろうか。