取材ノート:今年は転換点、中長期は上昇軌道へ−海外旅行動向シンポジウム

  • 2010年8月25日
 財団法人日本交通公社(JTBF)が先月開催した海外旅行動向シンポジウムで、主任研究員の黒須宏志氏は、今後5年から10年の中長期的な海外旅行市場は「上昇軌道に乗る」との展望を述べた。黒須氏は、2009年以降の市場の動きが従来と少し異なる動きをしていることから、2010年はトレンドの転換期になる可能性があると指摘。「シニアは今後も確実に伸びる。若者が下げ止まれば軌道修正が可能」との前提のもと、注目すべき今後の成長ステージを予測した。
                   
                   
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上昇軌道の前提、2009年以降の兆し

 2009年以降の変化として、黒須氏は2009年第1四半期の20代女性の出国率をあげる。この10年から15年の間に3割近く減少し、「市場の低迷を起こした主犯」といわれている層だが、リーマンショック以降市場が低迷したなか、いち早く2009年1月にプラスに転化。円高の影響で特に韓国へのショッピング目的での旅行が急増し、「今まで何をしても動かなかった世代がこの時期に動いた」と指摘する。

 また、2009年はパスポート発給数が5.6%増加している。10年旅券の切り替わりの時期の2006年も増加しているものの、黒須氏によると「出国者数が減少した時に、パスポート発給数が増えたことはこの10年間になかった」とし、「これは単に海外旅行に行こうとした人がパスポートを持っていなかったということ」と分析する。

 さらに、地域別の海外旅行者について、西日本の女性の出国率の伸び率が20代で8%、30代から40代で5%、50代以上で10%以上と、他の地域よりも高いことを指摘。レジャー需要の強い関西での航空運賃の値崩れを背景に、ショートホール(短距離方面)へ出国が多いという。つまり、2009年以降の動きでは20代女性を中心に若者層が下げ止まり反転増加するなど、これまで海外旅行に行っていない客層の旅行意欲が上向き、特にショートホールへの需要が高くなっている傾向が見られるのだ。


成長のカギは不活性層

 黒須氏は上昇軌道にするための「乗り越えなくてはならない壁」として、市場の4割を占める「不活性層」の活性化をあげる。不活性層とは、過去海外旅行に1、2回行ったが、その後5年以上出かけていない客層のこと。不活性層は全年代に存在し、動き出すきっかけは多様だという。

 例えば若年層は「ちょっと変わったパターン」だという。最近は修学旅行や家族旅行で海外旅行を経験する機会が多いが、「連れて行ってもらう旅行でモチベーションが低い。海外旅行は自分から進んで行くことで良い思い出になり、ますます行ってみようと思うようになる」とし、「本当の意味での海外旅行に行っていない不活性層がいる」と指摘する。

 また、20代女性が急速に市場に戻ってきたことについては、「外的要因だけではない。マインドの変化もあるのではないか」とする。例えば、ビジット・ワールド・キャンペーンが実施したアンケートで、「海外旅行をどう思うか」という問いに、「値段が高すぎる」との回答が72.7%あったというように、これまでは「海外旅行は高い」という思い込みがあったが、燃油サーチャージの値下げ、円高による旅行代金や現地滞在費用の低下で意外と安く行けることを認識したとする考えを述べた。

 このほか、インターネット予約が大きく伸びており、2009年の予約比率は48.8%まで上昇した。これについても、「ネット上でいろいろな用事が済ませられ、海外旅行も可能であることに気がついた」と話し、「意外と簡単に旅行に行けると思える力になっている」と分析した。


ショートホール新時代、市場牽引へ

 さらに黒須氏は、市場を活性化する要素としてショートホールをあげる。JTBFの調査による方面別旅行者の推移(観光性)でも、2008年から2009年で伸びたのは北東アジアのみ。「行きたいデスティネーション」の調査でも、希望率が高いのはロングホールのデスティネーションが多いが、2008年と2009年で前年比の増減率を見ると、ショートホールの方が伸び率が良いという。

 例えば、伸び率の1位は中国(3.4%増)、2位も香港・マカオ(3.2%増)が入り、韓国も4位(2.7%増)、台湾は5位(2.3%増)に入っている。また、再訪希望率が中国、台湾、香港・マカオ、韓国のいずれもプラス成長となっている調査結果も紹介。黒須氏は、ショートホールの商品が担当者が数回現地に足を運んで商品化されるなど、幅を広げて実力をつけていることを指摘し、「ショートホールは新時代に入った」との認識を示した。

 さらに、ショートホールの可能性として、海外旅行者のショートホールとロングホールの比率をヨーロッパ諸国と比較。フランスはショートホールが74%、イギリスは76%、ドイツは88%のところ、日本はハワイとミクロネシアを入れても59%と低い。これについて黒須氏は「日本が著しい経済発展をするなか、周辺国はまだ観光性のデスティネーションが整備されていなかったため、ロングホールから紹介されはじめた」と、日本の海外旅行が特殊な発達をしてきたことを指摘する。

 ただし、周辺環境は変わっており「この状況が進めばイギリス並みになるだろう」と予想する。このイギリスの割合を元に、2009年の日本人出国者数約1500万人(ショートホール900万人、ロングホール600万人)を算出すると、ショートホールは1125万人、ロングホールは375万人。今後、全体の海外旅行者数が増えないと仮定した場合の市場構成の予想だ。一方、ロングホール600万人が変わらず、ショートホールがイギリスの割合になる場合は1800万人に純増し、日本人出国者数は合計2400万人になる。黒須氏は「本気でこの数字が実現するとは思っていない」としながらも、「見方よってはまだまだポテンシャルがある」と、ショートホールの成長がもたらす可能性を示した。


シニアの成長力と振興するLCCの影響

 シニアについては、今後も伸びるとの考えだ。パスポート発給数の伸び率をみても、20代から50代が40台の女性を除いてそれぞれ10%以下で推移しているのに対し、60代が男女とも20%以上。特に60代女性と80歳以上が30%近くまで伸びている。また、人口比と旅行者数の比率、出国率をみても、50歳以上は人口比が52.5%と半数以上を占め、旅行者数は39.0%と若年層(20歳〜34歳)、ミドル層(35歳〜49歳)よりも高いが、出国率は13.2%で、ミドル層(21.3%)、若年層(18.0%)よりも低い。このことから、「シニア層にはまだまだ大きな成長余力がある」とする。

 また、格安航空会社(LCC)についても、「影響が考えられるもの」として取り上げた。LCCは2004年ごろからアジアでもネットワークが拡大していることを指摘。数年前まで、北東アジアは航空規制などの理由で展開は難しいとされていたが、韓国、中国などでもLCCが誕生。日本で就航するのは関西空港だけとなり、「日本は取り残されている」と話す。

 黒須氏は「LCCが入ることは功罪入り混じっており、どの立場から論ずるかでまったく変わる」と慎重さを見せながらも、「海外旅行の総量が増えなくてはどうにもならない」とした上で、「ショートホールの可能性とインバウンド拡大の意味でも、LCCは欠かせない手段。時の流れはこうなっている」と明言。「少なくともいい面を増やしていけるようにするべき」と対応の必要性を語り、航空キャパシティが拡大基調にあるなかLCCを含む選択肢が拡大することも、上昇軌道を可能とする根拠のひとつとした。


取材:山田紀子