【弁護士に聞く】無断キャンセル、ノーショーへの対抗策

経営の意思が肝腎

 とは言うものの、そのまま座して我慢するのもしゃくでもあるし、こうした小さな悪事を見逃すことは日本人の道徳心の低下にもつながる。そこで、以下は私の経験に基づく勝手な提案である。

 この問題は経営の意思を表すチャンスともいえるということである。どこまで、事業者にこうした無断キャンセルを許してはならないという確固たる意思があるかである。

 20年近く前になるが、大手旅行会社の海外旅行参加者対象のお土産の通販事業(海外で買い物しないですむことを売りにしていた)で、代金が3万円程度の取引について支払をせず踏み倒すという事案が累積していた。新任の社長は、上述した少額債権の法的回収手続きにつき説明を受けた後で、こうした消費者を野放しにしておくことは、きちんと支払をしてくれる正直な消費者を犠牲にするものだとして、費用倒れになってもできるところまでの回収手続きをして欲しいとのことであった。私も意気に感じて、弁護士名の督促状の作成発送手数料を1件1000円で請け負った(文面はほぼ同じで住所、氏名を差し込み印刷するだけのことだった)。通常にはない督促する理由(正直な消費者が馬鹿を見てはいけない等)を詳細に記載し、応じない場合には弁護士費用も含めた請求額で正式の訴えを起こすことをいささか脅迫的な表現も使って告知する催告書を作成して発送した。若干の紆余曲折はあったものの、裁判上の手続をする前に9割近くの回収ができた。もちろん、これは通販取引の消費者であり、品物を受け取っていることから、支払をしないこと自体が詐欺になる可能性のあるもので、宿泊や飲食の無断キャンセル客と同列には論じられないが、それでもどれだけ真剣に会社として回収に取り組むかが重要な要素になることを学んだ。事後、私の事務所では大規模病院における診察代や、ある施設利用料の不払いについて、毎月のように催告書を発送して、少額債権回収の裁判手続に入る前に、殆ど回収を終えている(前者は貧困から払えないという事情があることが多く、分割払いの合意文書を交わしている)。

 こうした経験からわかったことだが、事業者の請求書は1度しか出さず、通常の請求書で支払のないときは、「1週間以内に支払のないときは顧問弁護士に法的措置を移管する」という最終通告を出し、それでも反応のないときは弁護士名での脅迫状にも似た催告書を発送することである。なぜ事業者の請求書を1度しか出さないかは、本気度を示すためである。同じ内容の請求書が送られてくれば、相手はまたかでゴミ箱入りである。スピード感をもって請求の次元を上げて、支払をしないでいると本当に裁判までされるかも知れないという本気度を突き付けることである。それでも応じない場合には、裁判を実際に起こすることになるので、クライアントにはそこまでの覚悟がいることになる。

 この方法の難点は弁護士報酬である。先にも述べたように、弁護士の立場からすれば、1件10万円は欲しいところであるが、そうなるとこの方法は如何に経営の意思とは言っても成り立たない。私の事務所が、病院とある施設からの依頼を受けたのは、月額顧問料をいただいているのに、ほとんど相談がないからである。いわば月額顧問料をサブスクリプションにした回収手続である。回収手続は殆ど機械的な作業であるので、相談案件がなくて顧問契約関係を切られるかも知れないという不安を抱いているよりはましと判断したものである。私の見るところ、飲食店は知らないが宿泊施設には眠っている顧問弁護士が相当数いる。利用しない手はないと思う次第。


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三浦雅生 弁護士
75年司法試験合格。76年明治大学法学部卒業。78年東京弁護士会に弁護士登録。91年に社団法人日本旅行業協会(JATA)「90年代の旅行業法制を考える会」、92年に運輸省「旅行業務適正化対策研究会」、93年に運輸省「旅行業問題研究会」、02年に国土交通省「旅行業法等検討懇談会」の各委員を歴任。15年2月観光庁「OTAガイドライン策定検討委員会」委員、同年11月国土交通省・厚生労働省「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」委員、16年1月国土交通省「軽井沢バス事故対策検討委員会」委員、同年10月観光庁「新たな時代の旅行業法制に関する検討会」委員、17年6月新宿区民泊問題対策検討会議副議長、世田谷区民泊検討委員会委員長に各就任。