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新型インフルエンザ、感染症への早期対応を−感染症セミナーで対策を提案

  • 2009年2月10日
 今年もインフルエンザが流行するなか、タミフルの耐性ウィルスが発生したというニュースは記憶に新しいところ。ウィルスの進化を目の当たりにし、今後の発生が予測される新型インフルエンザへの脅威を感じる人も多いだろう。この状況で思い出されるのが、2003年の新型肺炎SARS発生。海外での発生であったため、海外旅行が手控えられ、出国者数が急減し、感染症と旅行行動が大きく関連することを物語っている。今回のセミナーに講師として登壇した、渡航医学センター・西新橋クリニック院長の大越裕文氏、労働者健康福祉機構海外勤務健康管理センター所長代理の濱田篤郎氏は、新型インフルエンザのみならず、その他の感染症への対策も必要だと警鐘をならす。


▽海外旅行者の健康リスクは新型インフルエンザだけではない
    ――渡航医学センター・西新橋クリニック院長 大越裕文氏


 海外渡航者は、多くの感染症の脅威にさらされている。長期渡航者を含む海外旅行保険加入者の17名に1名が何らかのトラブルにあっており、保険金支払い内訳を見るとその73.3%がけがや感染症を含む病気によるもの。けがと病気の区分は分からないが、それでも旅行者の注意、関心の高い盗難が18%であることを考えると、新型インフルエンザの発生を待たずとも、感染症は人々の関心の薄さに反して重要な問題であるといえるだろう。

 しかしながら、日本人は新型インフルエンザに対する関心は強いが、感染症への対策は不十分。欧米のグローバル企業の対策例を見ると、派遣先がアフリカの場合、黄熱、A型肝炎・B型肝炎・破傷風・ジフテリア、狂犬病・腸チフス・髄膜炎菌・ポリオが指定予防接種であり、抗マラリア薬として日本では認可されていないマラロンが指定されている。個人の意識も高く、予防接種証明書を各自がきちんと管理して、適宜追加接種を受けている。

 ところが日本人は、健康維持が必須の政府要人やプロスポーツ選手でさえ、きちんとした対策をとれていない。予防接種や予防内服をせずに無防備に渡航して、感染症にかかっている。大越氏は渡航による慣れない環境のためにおこりがちな「旅行者下痢症」も、食べなれない食事でおなかの調子が悪くなった症状以外は、水や食物による感染症としており、「旅行者下痢症や麻疹、狂犬病、マラリア、デング熱といった感染症についての早急な教育が急務」と訴える。その内容として「水や食べ物、蚊への注意、手洗いうがい、マスク着用など啓蒙による行動の変容から予防接種や予防内服まで、発症させないための一次予防。正しく薬を接種して、発症しても悪化させないための自己治療を含めた二次予防」と、幅広い範囲を説明。ビジネス渡航の場合、海外派遣者のパフォーマンスが落ちると成功は見込めない。帯同家族がいる場合、そのケアまで含めたトータルサポートが必要だ。

 また、大越氏は予防接種について、黄熱ワクチンは入国10日前までに接種しなければならず、接種後は他のワクチンを接種できないためスケジューリングが必要とも注意を喚起する。帯同家族が現地の学校に入学する際、ワクチン接種を義務づけられている場合もある。感染症のインパクト、渡航中のリスク、予算などを含めて早めの情報収集が望ましい。海外渡航者に特化したトラベルクリニックもあり、輸入ワクチンを扱っているので、うまく使ってほしいと勧める。

 こうしたことから大越氏は、旅行会社は海外渡航者に健康リスクを教育したり、ワクチン接種の英文証明書をとるなど健康サポートができると提案。感染症の一次予防、二次予防、自己治療の教育も範疇になるだろう。医師の指導が必要だが、WHOやユニセフが発展途上国に配布している経口補水液(ORS:Oral Rehydration Salt)といったものもあり、脱水症状を緩和する効果がある。発展途上国への渡航には携帯を推奨したい。


▽H5N1型以外の新型発生の可能性も
    ――労働者健康福祉機構海外勤務健康管理センター所長代理の濱田篤郎氏


 09年1月中旬時点で、H5N1型のインフルエンザ感染者は15ヶ国397名(うち死亡249名)。新型インフルエンザによる被害予測は、日本では感染者が3200万人、死亡者が64万人と予測されている。経済的被害は全世界で少なくとも1兆5000億米ドル(世界銀行)とされており、これは08年10月にIMFが発表したサブプライムローンによる世界の金融資産の損失1兆4000億米ドルに匹敵する。

 新型インフルエンザは海外で最初に発生すると思われるので、海外滞在者は最初に被害を蒙る可能性が高い。H5N1型感染者の現在の致死率は60%以上だが、予測では、最大致死率は2%。感染は軽症者が動くことにより拡大し、予測感染率は25%だが、もう少し高く修正されることが考えられ、米国では40%、英国では50%、日本でも最大50%の感染率が予測されるだろう。その場合、日本国内での死亡者は120万人になると予測される。

 対策としては07年2月に外務省が、新型インフルエンザ発生時の「渡航情報(感染症危険情報等)発出に関する基本方針」において「不要不急の海外渡航の自粛」を上げている。また、海外に渡航した人への対策としては、退避か残留かの選択がある。退避するとしても、退避の時期、時期を逃した場合の救援機の有無、帰国後の停留問題などがある。

 海外に滞在する場合、濱田氏は「緊急避難措置として、自己治療を検討すべき」と語る。厚生労働省の「新型インフルエンザ対策ガイドライン」(案)に追記された「水際対策に関するガイドライン(案)」には、「企業の社員が新型の発生が予想される国に滞在する場合、国内の医療機関で抗インフルエンザ薬の処方を受けた上で、海外に持参し服用する方法について広報・周知する」とあるのを受けた発言だ。服用については、事前の指導が必要であるため、日本の担当医に症状を説明して、内服のタイミングの指示を受けるのが適切だろう。

 新型流行時に、旅行業界が事業を継続するにあたっては、厳しい状況が予測される。日本人出国者数は08年12月まで20ヶ月連続で減少しており、新型インフルエンザが流行すれば03年に新型肺炎SARSの発生により、海外旅行者数が急減したのと同様の事態も予測される。事業の縮小を行なうべき対象として、映画館や劇場といった不特定多数の人が集まる業種のほか、交通機関、旅行業を含む人の移動を伴う業種もターゲットとなるだろう。「自粛期間は2ヶ月ほどと予測されるが、消費の回復にはさらに数ヶ月が必要。海外旅行だけでなく、国内の移動も自粛を勧告される可能性が高い」と濱田氏は予測する。

 こういう状況下で旅行業界は、どう経営を守るかが課題になる。「気楽な提案に聞こえるかもしれないが、たとえば、海外派遣された渡航者の帰国を支援するといった、新たな事業を開拓するのも一案だ」と濱田氏。いずれにしても旅行業者には、海外渡航者への正しい情報提供とサポートで感染回避、不安解消による渡航者減少の防止に努め、経営面のリスクマネジメントをはかるためにも、早めの情報収集と対策が必要だ。

取材:工藤史歩