書評 『JTB 旅をみがく現場力』−千葉千枝子著

きちんとJTBの分社化を語っている本や文章は少なかったが、「創業以来の非常事態」を鮮明に描きながら、なぜ分社化が必要であったかという過程を説明し、さらに分社した会社が今、どのような市場に向き合っているかが良く分かる。また、現場で働く人たちや、意識も伝わってくる点は、JTBグループの社員だけでなく、旅行業界の人たち全員に参考になる。「いずれにしても『未来をイメージする競争』に勝てなければ、産業界をリードすることはできない」(60ページ)とのくだりで、当時のJTBが持っていた意識や労働組合とのすり合わせなどにより、互いに一致した方向に向いたという描写は絶妙だ。そして、佐々木社長が今後の莫大な資金調達を必要とする場合の未来図にも触れ、今後の旅行業に携わるものとして参考になるだろう。私自身もJTBの分社化を発表した当時の状況が、これまでよりも鮮明に理解することができ、JTBを中心とした業界の動きも改めて認識しなおした。
ひとつ、著者にお願いしたいことは、支店長や個所長など責任者クラス以外の声ももっと多く拾ってもらいたかった。一企業を描くときに、難しい課題だが、いろいろな噂や働いている人たちの「聞こえない声」がある。本書はその雰囲気が伝わってくるが、本当の現場にいる人たちのその時の声ほど、貴重なものはない。戦争の歴史などを表現する際、「オーラルヒストリー」という一人ひとりの声を拾い上げる手法があるが、ぜひ、こうした手法を旅行業の経済本にも使っていただきたい。旅行業ほど、外的環境にも内的環境でも「噂」に左右される業界はないだろうから、そうした視点から今後、ぜひ、著者の広い人脈を活用し、旅行業界の全体を描いていただきたい。
発行は東洋経済新報社、定価は1680円。(評:鈴木)
▽東洋経済新報社 「JTB 旅をみがく現場力」
http://www.toyokeizai.co.jp/CGI/kensaku/syousai.cgi?key=book&isbn=50182-7
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