法律豆知識(124)、旅行業者のリスク管理(4)−バス事故の判例から

  • 2007年4月26日
<台湾のバス事故の判例>

 昭和61年2月24日午前7時55分頃、台湾で日本の旅行業者が企画・募集したパック旅行を催行中、乗車したバスが道路から逸脱・転落し、旅行者ら8名が死亡するという大事故が発生した。これに対する東京地裁平成元年6月20日判決は、数少ないバス事故の判例として重要である。

 転落の主原因は、運転手が対向車とすれ違う際、ハンドルを切りすぎた過失によるものであると認定された。このため、旅行業者の安全確保義務とは関係なく事故は起き、幸いに旅行業者ないし添乗員は責任なしと判断された。


<添乗員の過失に関する判示>

 ただ、本件は8人が死亡するという大事故だったため、ことに添乗員が事故を防止しえなかったかが争われた。その結果、添乗員は「運転手に対し、本件バスの運転をやめさせるための措置を講ずべき義務を負うに至ったとまでいえない」し、「その余の措置を講ずべき義務を負うに至ったとも言えない」と判断され、責任を負わされることはなかった。

 ただし、その前提となる一般論として、「外国におけるバス事故だったという特殊性」をふまえ、「添乗員がバスの走行中に運転手に注意・指示等を与えることはかえって事故を発生させる原因となりかねない」という現実も認識した上で、さらに重要な言及がある。

判決文


添乗員の右義務は、当該バス車体の老朽又は著しく摩耗したタイヤが装着されている等外観からこれを当該旅行行程に使用することが危険であると容易に判断しうるときに右バスを使用させない措置を採ること、

酩酊運転、著しいスピード違反運転又は交通規制の継続的無視のような乱暴運転等を惹起する可能性の高い運転がされているときにかかる運転をやめさせるための措置を採ること、

台風や豪雨等の一見して危険とわかる天候となったときに旅程変更の措置を採るべきことに尽きるものと解するのが相当である




<添乗員が現場ですべきこと>

 上記の引用からすると、添乗員が現場で対処すべきことは多い。

 運転手が酩酊していることが判れば、それが出発時であれば、運転手の交替を求めざるをえない。休憩地で運転手が酒を飲んでいるような状況を発見すれば、すみやかに飲酒を中止させるべきであろう。

 裁判所の言うとおり、無造作な注意は事故を誘発するおそれもあるが、スピード違反をはじめとする交通法規の無視をくり返し、危険を感じるようであれば、それを止めさせ安全運転を求めるべきだろう。

 また、台風等の自然災害に遭遇すれば、旅程変更などの処置をとり、旅行の安全を確保することも当然である。

 これらの場合は、現地の添乗員の適切な対処が望まれるところ。その一方で、必要なときに、必要な対処が出来るようにするため、それを可能にする、リスク管理体制を事前に構築しておく努力は絶対に必要である。

 さて、問題は、車体の老朽化やタイヤの摩耗などがみられる場合に、そのバスを使用させないようすべきという部分である。

 裁判所は「外観」から「容易に判断しうる」場合と、条件に絞りをかけており、よほどひどく、いかにも危険な場合を想定している。しかし、それでも現場での判断は難しいだろう。特に、前回紹介したカラコルムハイウェー事件では、当時のパキスタンは、丸ぼうずのタイヤが一般的で、正常なタイヤの確保が難しい状況であったようだ。このような国情では、添乗員に対処を押しつけてみても、代替車の確保自体が望みがたく、現実的でない。

 つまり、使用するバスの状態などは、事前のリスク管理体制の中で、国情、実情を推し量り解決を図るべきものである。


<リスク管理体制の必要性>

 バス事故を防止し、仮に起きてしまっても、免責されるためには、事前に旅行業者とバス会社との間で、詳細な運行契約を結んでおく必要があり、これがリスク管理の基本となる。

 バス会社の一般的な選択基準については、前回説明した。その中で、発展途上国ではことに(5)項の「使用バスの条件(車種、年式、走行距離、タイヤ、その他の安全装置の状況)」は重要だ。事前に、現地バス会社と詳細に交渉し、これらに関する詳細な運行契約を結んでおく必要がある。この運行契約に沿って、現地で添乗員が何をチェックすべきか、あらかじめ必要な「チェックリスト」を用意し、そのチェックを励行させるとともに、もし違反があった時には、いかなる対処をすべきか、明確、かつ具体的にルール化しておくべきである。当然、チェックリストでは、運転手が酩酊しているとき、運転が乱暴なとき、災害に遭遇したときなどに、いかに対処すべきかのルールが定められている必要がある。

 現在、全世界の広い地域で、携帯電話が使用可能である。対処の方法としては、添乗員の現場判断に全てを任せるのではなく、添乗員に携帯電話を持たせ、かつ、24時間連絡を受けられる体制を作り、日本から指示できる体制をつくることもリスク管理としては効果的である。


<フィードバックの重要性>

 そして、本コーナーではくり返し述べたが、現地で生じた問題点やトラブルは、たとえ小さなものであっても常にそれをフィードバックして収集し、それを分析して大きな事故を防止すべきであり、フィードバックしてきた情報を分析して、「リスク管理体制」を見直し、且つ充実させる日常の努力が最も重要である。

 例えば、行程に無理があるという情報があれば、速やかにその是非を検討すべきである。運転手の乱暴な運転も、それが無理な旅程からくることも多いようだ。このような情報があるのにそれを無視していると大事故が発生するのである。



   =====< 法律豆知識 バックナンバー>=====

第123回 旅行業者のリスク管理(3)−カラコルムハイウエー判決文から

第122回 旅行業者のリスク管理−免責の線引きとは(その2)

第121回 旅行業者のリスク管理(その1)

第120回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その3)

第119回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その2)


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編集部: editor@travel-vision-jp.com

執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
ホームページ: http://www.kaneko-law-office.jp/
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