法律豆知識(123)、旅行業者のリスク管理(3)−カラコルムハイウエー判決文から

  • 2007年4月19日
<カラコルムハイウエー事故の判決文を読み解く>

 カラコルムハイウエー事件は、4名が死亡するという大事故であった。この件について裁判所の判決文を引用しておこう。

判決文


 当該主催旅行の目的地が外国である場合には、日本国内における平均水準以上の旅行サービスと同等又はこれを上回る旅行サービスの提供をさせることが不可能なことがありえ、また、現地の旅行サービス提供機関についての調査にも制約がありえ、

特に契約上の内容が明記されていない限り、旅行業者としては、日本国内において可能な調査(当該外国の旅行業者、公的機関等の協力を経てする調査をも含む)・資料の収集をし、これらを検討した上で、その外国における平均水準以上の旅行サービスを旅行者が享受できるような旅行サービス提供機関を選択し、これと旅行サービス提供契約が締結されるよう図るべきであり、

さらには、旅行の目的地及び日程、移動手段等の選択に伴う特有の危険(たとえば、旅行目的地において感染率の高い伝染病、旅行日程が目的地の雨期にあたる場合の洪水、未整備状態の道路を車で移動する場合の土砂崩れ等)が予想される場合には、その危険をあらかじめ除去する手段を講じ、又は旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき義務がある。




 判決文において、「その危険をあらかじめ除去する手段を講じ」るべきや、「旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき」などと言及している。ただし、具体的にどのような行動を取るべきかという段階で、講ずるべき事がわからないという状況に陥る。裁判所は、人が死亡するという結果を持って、それを防止すべき義務ということについて、厳しい判断をしてくる。


 このカラコルムハイウエー事件の判決に対しては、引用した大阪地裁判決を読んだ方は、普段からの「リスク管理体制」の構築がいかに大事か、理解してもらえるだろう。大阪事件で、ダイビングスクール選考基準を明確に定め、その内容が合理的、適切、かつ、その基準に則って選択したことから旅行業者は免責された。海外のバス事故でも、ふだんから明確で合理的なバス会社の選考基準を設け、それを遵守していれば、免責される可能性は高くなる。

 他方、大阪地裁判決で、インストラクターやダイビングスクールが損害賠償責任を負ったのが、「リスク管理体制」の不備が根本原因であった。つまり、事前に、管理体制の整備がなされていなかったわけである。前号で述べたように、普段の管理体制を構築していれば、責任を免れた可能性は十分にあった。さらに言えば、事故自体を防止できた可能性も高い。

 とはいえ、カラコルムハイウエー事件では、今述べたように、「旅行者にその旨告知して旅行者自らその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき」と言っている。現場で「告知」するのは添乗員になるが、添乗員は一体何を「告知」しろというのだろうか。管理体制の構築、整備という点から、添乗員の責任について、検討すべき事項は多い。


<バス会社の選択基準と現地調査の重要性>

 まず、バス会社の選択について、検討してみよう。一般的には、

(1) バス事業に就き、公的ライセンスの保有
(2) 会社の規模、営業実績、在籍国での位置づけ
(3) 運転手の公的ライセンスの有無、および運転経験
(4) 運転助手の有無
(5) 使用バスの条件(車種、年式、走行距離、タイヤ、その他の安全装置の状況)
(6) ルートの危険性や国・地域の特殊性に依存するチェックポイント
(7) バス会社の過去に大事故発生歴の有無

等のポイントが、基準になるだろう。また、これらのポイントは、先進国、発展途上国、その地域の特殊性などで、内容は変わるはずである。

 カラコルムハイウエー事件では、裁判所は「旅行業者としては、日本国内において可能な調査(当該外国の旅行業者、公的機関等の協力を経てする調査をも含む)・資料の収集をし、これらを検討した上で」バス会社を選択すれば足りるという言い方をしている。

 ただし、調査は日本国内に留まらず、現地調査は重要な項目となるだろう。つまり地域の特殊性のリスクも考慮するためには、初めてのルートの場合、必ずスタッフを日本から現地調査に派遣してもらいたい。さらに大事なことは、前回述べたように、現場からのフィードバックである。現地を旅行した添乗員はもちろん、旅行者自身からも、問題点があれば、積極的に報告を受けること、あるいは情報提供をしてもらうことである。

 このような努力は、事故の防止に役立つと共に、万が一にも事故が起きてしまった場合、選択基準の設定と相まって、旅行業者が免責される可能性を高めるだろう。

<添乗員に関する基準については、台湾でのバス事故である平成元年6月20日の東京地裁判決に、看過できない論述がある。次回は、それを紹介しながら、さらに検討しよう>


   =====< 法律豆知識 バックナンバー>=====

第122回 旅行業者のリスク管理−免責の線引きとは(その2)

第121回 旅行業者のリスク管理(その1)

第120回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その3)

第119回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その2)

第118回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その1)


----------------------------------------------------------------------

※本コーナーへのご意見等は編集部にお寄せ下さい。
編集部: editor@travel-vision-jp.com

執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
ホームページ: http://www.kaneko-law-office.jp/
IFTTAサイト: http://www.ifta.org/