法律豆知識(99)、スキューバダイビング事故、旅行会社の責任を問う
前回は、スキューバダイビングでの事故で主催者が責任を負うケースを紹介した。今回は、旅行業者の責任が認められなかった大阪地裁平成17年6月8日判決を紹介し、旅行業者の責任のあり方について検討することとしよう。
<裁判で争われた事件の概要>
裁判となったケースは、受講生が海水を誤飲した溺死したもの。被告はインストラクターのM、ダイビングスクールを主催したN社、ツアーを企画したO社、O社から委託を受け旅行商品として販売したP社が被告となった。判決は、MとNに対し、亡Aの夫に4265万7865円、子三人にそれぞれ1421万9288円の支払いを命じたが、旅行業者であるO社、P社に対する請求は棄却した。
ツアーは、ダイビングスクールのN社と旅行業者O社が提携して開発。ダイビングスクールの受講と沖縄県内の海洋実習地へ旅行するもの。海洋実習地での実習の日程は2日間。プール実習と海洋実習で構成し、指導団体の一つPADIが発行するCカードの取得を目的としていた(Cカードが無いと国内外のダイビングショップで潜水機材を借りることが出来ない)。
亡Aは、2年前に、体験ダイビングをしたことがある。ただし、海洋潜水までには至らなかった典型的な初心者であった。
事故は、亡Aが海洋潜水において、訓練で海中においてマスクをはずした直後に起きた。亡Aは、その時、鼻をつまむような仕草をして、苦しい表情で海底から膝を浮かしして立ち上がろうとした。インストラクターのMがそれを見つけ、すぐに亡Aを海面に浮上させたが、2分から3分後に意識がなくなった。人工呼吸を行い、救急車で病院に搬送したが、病院で死亡してしまった。
<インストラクターと講習主催者の責任>
裁判では、亡Aに「内在的な病気があったのではないか」と争いがあった。しかし、裁判所は海水を誤飲したことによる溺死と認定している。
亡Aは、プール実習において、「予定時間を2時間近く超過する訓練が必要になる」ほど、レギュレータークリア等の実技の訓練に失敗。加えて、各実技にも一回しか成功していなかった。つまり、極めて、低レベルの習熟度であった。
このような習熟度の場合は、海洋実習を行う前に、「基本的潜水技術を自信を持って行使できる程度に必要技術を修得させるべきであった」というのが裁判所の判断であった。
事故者数は平成10年までの10年間平均で、年間45人、そのうち死亡行方不明20人、死亡率は約44%であったという。もともと、スキューバダイビングは危険性が高いスポーツなのである。
裁判所は、MとN社は、亡Aに対し、「基本的潜水技術を十分に習得するまで、プール実習を継続して海洋に連れ出すのを控えるか、海洋に連れ出すとしても、足の立つ浅瀬で、あるいは岸かららさほどと遠くない場所を選択して訓練を行うべき注意義務」があり、実際は、沖合約120メートル、水深4.2メートルでの事故であり、亡Aのような未熟な初心者はパニックを起こしやすいのであるから、過失責任は免れないと判断した。
<旅行業者の責任>
読者の興味が高いであろう旅行会社の責任については、あるのか、無いのか。
本件について裁判所は「各種旅行サービス提供機関の選定に際して、当該旅行サービス提供機関を選択するのが、旅行者の安全確保の見地から明らかに危険であることが認識できたにもかかわらず、これを漫然と選択して、その危険が当該旅行者に発生した場合などに限られると解すべきである」とした。
企画した旅行業者O社のサービス提供機関の選定の条件は、こうだ。(1)現地ガイド歴が5年以上の経験を持つインストラクターが1人以上いること、(2)常勤インストラクタースタッフが2人以上いること、(3)10億円以上の保険に加入していること、(4)過去にダイビングショップ側の過失が原因の重大事故が発生していないことを要件としている。
O社は、裁判所が過失責任を認めたN社が、上記の要件を満たしていることを確認し、契約していた。この結果として、旅行業者のO社もP社も、本件で裁判所から責任を問われることは無かった。
この件に限り、旅行会社の責任は無いのだ。ただし、事故は起こる。その際、旅行業者が責任を問われるかどうかは、サービス提供機関の選択基準を厳重、かつ明確としておく必要がある。これでは不十分で、要件を励行しているか、否かで決まるのである。O社は、立派にこれらを実行していたので、責任を問われなかった。
旅行業者としては、危険なスポーツを内容とする旅行を企画するときには、本判決を思い出して、普段から合理的な選択基準を設け、かつそれを実行して欲しいものである。
=====< 法律豆知識 バックナンバー>=====
第98回 スキューバダイビングでの溺死事故、ダイビングそのものに注意を
第97回 外国の弁護士事務所から訴状が送られてきた!!
第96回 法律家の観点から〜海外旅行の主流のPKGツアー
第95回 レストランでの火傷は誰の責任か〜TCSAレポートを参考に
第94回 拡大するインターネット取引と旅行業法の問題点
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※本コーナーへのご意見等は編集部にお寄せ下さい。
編集部: editor@travel-vision-jp.com
執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
ホームページ: http://www.kaneko-law-office.jp/
IFTTAサイト: http://www.ifta.org/
<裁判で争われた事件の概要>
裁判となったケースは、受講生が海水を誤飲した溺死したもの。被告はインストラクターのM、ダイビングスクールを主催したN社、ツアーを企画したO社、O社から委託を受け旅行商品として販売したP社が被告となった。判決は、MとNに対し、亡Aの夫に4265万7865円、子三人にそれぞれ1421万9288円の支払いを命じたが、旅行業者であるO社、P社に対する請求は棄却した。
ツアーは、ダイビングスクールのN社と旅行業者O社が提携して開発。ダイビングスクールの受講と沖縄県内の海洋実習地へ旅行するもの。海洋実習地での実習の日程は2日間。プール実習と海洋実習で構成し、指導団体の一つPADIが発行するCカードの取得を目的としていた(Cカードが無いと国内外のダイビングショップで潜水機材を借りることが出来ない)。
亡Aは、2年前に、体験ダイビングをしたことがある。ただし、海洋潜水までには至らなかった典型的な初心者であった。
事故は、亡Aが海洋潜水において、訓練で海中においてマスクをはずした直後に起きた。亡Aは、その時、鼻をつまむような仕草をして、苦しい表情で海底から膝を浮かしして立ち上がろうとした。インストラクターのMがそれを見つけ、すぐに亡Aを海面に浮上させたが、2分から3分後に意識がなくなった。人工呼吸を行い、救急車で病院に搬送したが、病院で死亡してしまった。
<インストラクターと講習主催者の責任>
裁判では、亡Aに「内在的な病気があったのではないか」と争いがあった。しかし、裁判所は海水を誤飲したことによる溺死と認定している。
亡Aは、プール実習において、「予定時間を2時間近く超過する訓練が必要になる」ほど、レギュレータークリア等の実技の訓練に失敗。加えて、各実技にも一回しか成功していなかった。つまり、極めて、低レベルの習熟度であった。
このような習熟度の場合は、海洋実習を行う前に、「基本的潜水技術を自信を持って行使できる程度に必要技術を修得させるべきであった」というのが裁判所の判断であった。
事故者数は平成10年までの10年間平均で、年間45人、そのうち死亡行方不明20人、死亡率は約44%であったという。もともと、スキューバダイビングは危険性が高いスポーツなのである。
裁判所は、MとN社は、亡Aに対し、「基本的潜水技術を十分に習得するまで、プール実習を継続して海洋に連れ出すのを控えるか、海洋に連れ出すとしても、足の立つ浅瀬で、あるいは岸かららさほどと遠くない場所を選択して訓練を行うべき注意義務」があり、実際は、沖合約120メートル、水深4.2メートルでの事故であり、亡Aのような未熟な初心者はパニックを起こしやすいのであるから、過失責任は免れないと判断した。
<旅行業者の責任>
読者の興味が高いであろう旅行会社の責任については、あるのか、無いのか。
本件について裁判所は「各種旅行サービス提供機関の選定に際して、当該旅行サービス提供機関を選択するのが、旅行者の安全確保の見地から明らかに危険であることが認識できたにもかかわらず、これを漫然と選択して、その危険が当該旅行者に発生した場合などに限られると解すべきである」とした。
企画した旅行業者O社のサービス提供機関の選定の条件は、こうだ。(1)現地ガイド歴が5年以上の経験を持つインストラクターが1人以上いること、(2)常勤インストラクタースタッフが2人以上いること、(3)10億円以上の保険に加入していること、(4)過去にダイビングショップ側の過失が原因の重大事故が発生していないことを要件としている。
O社は、裁判所が過失責任を認めたN社が、上記の要件を満たしていることを確認し、契約していた。この結果として、旅行業者のO社もP社も、本件で裁判所から責任を問われることは無かった。
この件に限り、旅行会社の責任は無いのだ。ただし、事故は起こる。その際、旅行業者が責任を問われるかどうかは、サービス提供機関の選択基準を厳重、かつ明確としておく必要がある。これでは不十分で、要件を励行しているか、否かで決まるのである。O社は、立派にこれらを実行していたので、責任を問われなかった。
旅行業者としては、危険なスポーツを内容とする旅行を企画するときには、本判決を思い出して、普段から合理的な選択基準を設け、かつそれを実行して欲しいものである。
=====< 法律豆知識 バックナンバー>=====
第98回 スキューバダイビングでの溺死事故、ダイビングそのものに注意を
第97回 外国の弁護士事務所から訴状が送られてきた!!
第96回 法律家の観点から〜海外旅行の主流のPKGツアー
第95回 レストランでの火傷は誰の責任か〜TCSAレポートを参考に
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