観光人材育成−横断的議論で浮かぶ雇用機会と人材活用の課題

  • 2010年6月16日
 2009年度末現在、観光系の学部・学科を置く大学の数は39校・43学科で、今年度も観光系の学部・学科は増設傾向にある。それにもかかわらず、卒業生が観光関連業界に従事する割合は少ない。例えば、観光人材の輩出で古参の立教大学でも、観光系の職に就くのは4人に1人の割合だ。社会に出てからの活躍の場、すなわち雇用機会と教育に開きがあるのではないだろうか――。5月29日に開催された「観光教育に関する学長・学部長等会議」で交わされた産業界で求められるべき人材像、観光教育界の取り組みと今後の課題についての議論では、今後の観光人材育成と活用に必要な要素が浮かびあがってきた。
                    
                    
「観光」の世界に求められる
マネジメント人材と地方における地域リーダー


 「観光教育に関する学長・学部長等会議」には、観光系の学部・学科を置く計41大学の教育者と観光庁、経済産業省、文部科学省などの関連省庁、日本ツーリズム産業団体連合会(TIJ)、日本旅行業協会(JATA)、東日本旅客鉄道(JR東日本)の観光関連団体・企業が集まった。すでに今回の会議以前から、観光庁では「観光関係人材育成のための産学官連携検討会議」などで人材育成に関する情報と問題意識の共有をはかり、昨年度には「観光経営マネジメント教育に関する産学官連携実践ワーキンググループ」で、カリキュラムモデルの検討などをしていた。今回の会議はこれらの話しあいを素地に開催されたものだ。

 会議ではまず、観光庁観光産業課課長の鈴木明久氏が「観光関係人材育成のための産学官連携関係政策」を説明。このなかで大きくクローズアップされたのは、ワーキンググループでも意見が集中した経営系の人材育成だ。特に産業界からのニーズが高く、国際競争力を確保しながら変化に対応しうるマネジメント力を強化することが各社の喫緊の課題となっている。社会人、それも観光業従事者を対象に会計概論、経営戦略概論、財務管理などを機軸にした観光マネジメント人材の育成へ向け、大学のカリキュラムの調整をはかっていくことは必至だ。

 そしてもうひとつ重要なものとしてあげられたのが、観光地域づくりの人材育成だ。観光地域づくりは国の成長戦略会議で取り上げられた重要課題で、特に地方における中核的、リーダー的人材を育てることが急務といえる。そこで、地方に所在する大学に協力を仰ぎ、人材育成の道筋をつくる検討がされている。観光庁観光地域振興部観光資源課課長の和田浩一氏は「大学の観光教育に求められているのは、大きく2つ。ひとつはマネジメント人材、そしてもう一つは地域のリーダー」と明言し、特に後者においてはインバウンド対応の重要性も指摘した。


観光系の人材活用に向けた要望

 プレゼンテーションに対し、各界から注文が寄せられた。例えば教育界からは、公務員採用での対応を求める意見が相次いだ。地方における観光振興は地方公務員が中心となって行政単位で行なわれている。高等教育で観光を学んだ人たちが公職で活躍できる道筋を国や行政も検討してほしいとの教育者らの声に、観光における雇用機会の均等の遅れが垣間見える。

 また産業界からは「(産業界の人間を)積極的に引っ張りだしてくれれば、よろこんで教育の場に協力をしたい」(TIJ会長・舩山龍二氏)という声が寄せられた。ただし、「業界や現場を離れて5年も経てば状況も変わる」と述べ、教育者の採用基準について注文をつけた。

 学校経営でしのぎを削る各大学は、観光を主要産業と位置づけて裾野を広げて学生を募集する一方で、有力就職先のパイプ役を期待して企業OBや現役社員を教職者として採用している。また、観光産業にとっても、学位や専攻だけを優先して学生を採用するほどの経営余力がないのが実態だ。

 観光人材の登用や雇用機会の均等は、産業界や教育界の自助努力だけでは支えきれない時代にある。国や地方行政と相互に連携をとりつつ、観光立国にふさわしい人材づくりと雇用の創出をはかるときに差し掛かっているといえるだろう。


有能な人材確保に向けた取り組み

 産業界からは、観光系学生の採用に消極的であったことへの反省もみられた。そうしたなかで地方における有能な人材の確保は企業独自に深化をみせている。すでにJR東日本は地域人材の育成を具体化させ、さらに一部の大学に寄附講座も創設してマネジメント人材の育成に貢献をはじめている。またTIJ会長の舩山氏は「地方出身者で、首都圏で観光を学んだ学生を地域採用するような仕組みを企業は構築すべき」と語る。企業によっては人事採用の見直しなどで、観光系の学生を地方で受けいれる余地をつくれるだろう。

 JR東日本業務企画部次長の最明仁氏の「技術系の分野では産学連携が進んでいるが、(観光分野においては)企業の側から『学』へのアプローチがしづらい」という言葉に代表されるように、産業界と教育界との間には距離があることも否めない。JATA事務局長の奥山隆哉氏は「日本の製造業は世界のモデルになったが、日本の観光レジャー産業はまだまだ先進国のコピーだ」と語り、観光人材の応用力・現場力の必要性を強調した。

 こうした観光人材を高等教育の場で育成させるにも、専門や立場を超えた横断的な深い議論は必要だ。激しい経済競争のなかで有能な人材の確保や雇用の問題は、産学官のいずれにとっても大きな生命線となるからだ。

観光を大学で学ぶことの意義とは

 今回の会議でとりわけ印象に残ったのは、来賓として閉
会直前に挨拶をした文部科学省高等教育局専門教育課企画
官・神田忠雄氏の発言である。「観光学とは、そもそも何
か。今後、発展していく余地が果たしてあるのか」。この
問いかけには、多くの含みがあることを感じさせた。

 観光教育が肥大化しているとの見方がある一方で、そも
そも論として“観光は学問なのか”という素朴な疑問も残
る。「観光学の定義も含め、議論を深めて」と語る神田氏
は、「教育の質の保証を」という訴えを再三にわたり発し
ていた。大学全入時代にあって、高等教育の質の低下がささやかれているが、特に観光教
育の現場において質の保証が追及される背景には、観光が産業界と密接な関係にあるから
にほかならない。

 学者以外の教育人材、例えば企業OBや実務家が比較的多い観光学の世界で、どのような
教育水準を維持し、どのような観光人材を輩出すればよいのか。観光を大学で学ぶことの
意義、社会に出てからの貢献について具体的な指針や実像が共通認識されないまま、今日
を迎えているようである。

 そうしたすりあわせがこれまで大きくされてこなかった点をとっても、観光はいまだ若
い学問ともいえよう。観光学の学問領域が「その他」に分類されていることが、それを大
きく物語る。今後、確立された学問として認知されるためにも、観光教育界における知識
や情報の共有が求められているといえるだろう。



観光教育の現場では――各大学の取り組み事例

 会議では8つの大学が具体的な観光教育の現状、取り組み事例を発表した。特徴的なも
のを抜粋して紹介する。

●事例その1<阪南大学>
キャリアゼミで現代GPを実現 大阪ドヤ街に世界のバックパッカーを誘致

 文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム
(現代GP)」を取り入れた阪南大学のキャリアゼミ教育で
注目したい取り組みが、「大阪国際ゲストハウス地域創出
プロジェクト」だ。日雇い労働者の街として知られた新今
宮を、国際的なバックパッカー都市に変貌させよういうも
ので、ツーリストインフォメーションの設置や、学生らに
よる街歩きツアー、パンフレットやレストラン・メニュー
の多言語翻訳などをすることで、インバウンド誘致と地域
活性化を成功させた。

 しかし問題点もある。例えば「通訳案内士法(通訳案内士の資格がないと外国人旅行者
に対してガイド行為ができない)などの問題から有償モデルが見出しづらい」と阪南大学
国際観光学部学部長の吉兼秀夫氏は述べる。教員負担が増大するなかで事業化は難しく、
また現代GPの補助金事業が廃止になるなど、採算における課題が残る。地元住民からは継
続を求める声があがっているといい、大学側の今後に期待を寄せている。


●事例その2<流通科学大学>
産学官のミスマッチを解消 観光人材育成プログラムの構築にむけて

 流通科学大学サービス産業学部教授の高橋一夫氏は、
「学生は、企業が取り組む新しいビジネスモデルを知る機
会に恵まれず、大学は新たな可能性を学生に示しきれてい
ないのでは」と話す。ダイエー創設者である故・中内功氏
によって設立された流通科学大学は、この産学官のミスマ
ッチを解消することを目的に学部の再編を推し進め、三位
一体で学べる環境づくりを整備した。

 具体的には、近畿運輸局と企業(リーガロイヤルホテル
ならびにJTB法人東京)、大学が一体となり、ケーススタ
ディにもとづく座学とフィールドワークなどを提供して観光人材の資質を導き、学生の就
業力向上をめざす。さらに旅行業、ホテル業、観光まちづくりの三本柱をプログラム化し、
旅行業においてはマルチチャネル・マーケティングシステムなどの理論解説も実施する。
従来の基礎学習に実践、事例を加味することで「業界の凄さ、面白さを学生に知ってもら
いたい」と高橋氏。他の大学にない、先鋭的な教育を導入している。



取材・執筆:千葉千枝子(観光ジャーナリスト・東京成徳短期大学非常勤講師)