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通訳案内士のインバウンド考:第5回 バス車内での盛り上げ術

  • 2010年12月21日
 つい先日、東南アジアの某国からのインセンティブツアーで来日したお客様9名を、3日間ご案内してきました。初日の朝、バスに乗り込んでから自己紹介と日程をざっくり説明したあと、「さぁガイディングをするぞ!」と意気揚々と話しはじめると、なんとみなさん、あくびが止まらないご様子!私、旅野の焦りとは裏腹に、瞼が重くなっていくお客様。こんなとき、バスの雰囲気をがらっと良くするにはどうしたら良いのか・・・。ガイドは十人十色でこのようなときの切り抜け方はさまざまですが、今回は自分自身がバスの中でお客様に楽しんでもらえるようにどのような工夫をしているのか、その取り組みの一例を紹介したいと思います。
                    
                    
警戒心を解きお客様の心を「つかむ」
軽い質問で朝の車内をウォームアップ


 朝一番、しかも前日まで仕事でお忙しかったご一行。ただでさえ朝はテンションが上がらない上に初めて会うガイドに対し、お客様は期待をしつつも警戒心があります。それに加え、今回のお客様は英語がさほど流暢でなかったために私の話が通じにくかったのです。

 このような状況の中、最初に力みすぎてしまい、用意してきた日本の概要について一方的に話したのがお客様を眠たくさせてしまう原因のひとつでした。それに気づいた私は体勢を立て直そうと、まずはお客様の心をつかめるような軽い話に切り替えました。いわば私にとって、そしてお客様にとってのウォームアップです。

 私は話すペースを落とし、「ところで、日本は初めてですか?」とお客様に問いかけてみました。さすがに質問されてあくびをしつづける人はいないもので、バスのあちこちから「初めて」だとか「もう何回も来てるよ」という声が聞こえてきました。このような簡単なやりとりを何回か繰り返すと不思議とガイドもお客様も緊張感が和らぎ、お客様も眠気が覚めてきます。そうなってきたらあとはペースは上り調子。車窓から見える景色の説明も聞いてもらえるようになるのです。話の流れに沿ってジョークを織り交ぜ、ウケたら一丁あがり。これで最初の「つかみ」はオッケーです!


盛り上げる鍵は「話題選び」
普遍的な話題は退屈しのぎのカンフル剤


 さて、ツアーが始まりバスに乗っていると、お客様のテンションは1日の中で変化していきます。とある心理学者によると、人間の集中力の持続時間は25分が限界なのだそうです。それを考えると、ガイドの話を延々と聞き続けるお客様が疲れてしまうのも、無理もないですね。うまく25分くらいで次の観光地に到着したり、食事やパーキングエリアで休憩が取れるのが一番理想的なのでしょう。

 ただ、ロングドライブや渋滞の場合はそうもいきません。状況によっては少し話をせずにお客様に車内でゆっくりしていただくこともありますが、お客様のテンションを上げたいときには「話題選び」を意識しています。学生時代、授業中に眠くなってきたときに面白い話が始まってパッと目が覚めた、という経験はおありでしょうか。私がねらっているのはまさにそれです。お客様に面白がってもらえる話をしてリフレッシュしてもらいます。

 もちろん、興味のある話題は人それぞれ違います。ただ、「普遍的」なことは共感を呼びやすく、楽しく聞いていただけることが多いのです。得に「お金」と「男女の仲」という大きな2つのトピックは性別、年齢、文化を超えて楽しんでいただけるので私はこの手のネタをストックし、退屈しのぎのカンフル剤として活用しています。

 なかでも日本の神話はギリシャ神話さながらの人間模様、現代にも通じるような人間臭さのある話が多いので、ガイディングにはもってこい。例えば、美しいコノハナサクヤヒメと器量のよくないイワナガヒメの姉妹の2人を娶るはずだったニニギノミコトが、美人な姫とだけ結婚したことで舅の逆鱗に触れ、この夫婦の子孫、すなわち天皇一家は他の神様ほど長くは生きられないようになった、という話をします。「カワイイ子ばっかり追いかけているとイタイ目見るよ」というと女性陣はうなずき、男性は照れ笑い。そんなどこの国にも通じるような話をすることでお客様が反応し、車内に一体感が生まれるのです。


バス車内での参加型ガイディング
プチ日本語レッスンで満足度アップ


 このような一体感を生み出すために、私はこのほか、お客様にバス車内で「参加」してもらえる時間をつくります。お客様の興味を惹く話題を提供することはもちろんのことですが、それに加えてバス車内でもお客様が「日本」を自ら体感できるような工夫をし、楽しんでもらうようにしています。

 その一例がバス車内での「プチ日本語レッスン」。他のガイドさんもしていることですが、簡単な日本語をお客様に紹介すると、お客様は楽しそうにその単語を復唱します。ツボにはまれば、1日中、場合によってはツアー中に覚えた日本語をずっと使ってくれるようになり、たった一言、二言でもガイドとお客様の距離をぐっと近づけてくれるのです。

 例えば、先日のツアーは東京から関西に行ったので、少しひねりを加えて「おおきに」という単語を紹介してみました。「ありがとう」より言い易く、かつ短いので覚えてもらいやすいのがポイントでした。さらに「大阪に着いてからこれをいうとビックリされますよ!」と付け加えたところ、「オオキニ」「オオキニー」とお客様は一斉にバスの車内で連呼しはじめました。「ありがとう」は知っていても、方言を知った喜びが大きかったようでこれは大ヒット。このプチ日本語レッスンのおかげで、先述した朝の様子が嘘のようにバス車内は盛り上がりました。
 ちなみに、その後意外な「おおきに」効果がありました。大阪到着後のフリータイムで「お会計の時に『オオキニ』っていったら店員が喜んでくれてさらに10%値引きしてくれたよ!」という猛者も現れました。これでお客様の満足度はさらに高まり、私もその様子にほっと一安心しました。

 このようにバス車内で試行錯誤しながらお客様を退屈させないように日本を紹介していますが、どうしてもお客様が眠たいご様子のときはどうするか・・・。やはり自然の摂理にはかなわないもの。旅野の頭の中には「1日の終わりであれば、日本の子守唄を歌って寝ていただくのも良いかな」というアイディアが浮かんできました。これは究極の「参加型」体験かもしれませんね。ただ、オンチな私の歌を聴いたら、皆さんかえって眠気が飛ぶかも・・・。ガイドの工夫と悩みはつきないものです。


▽これまでの通訳案内士のインバウンド考
通訳案内士のインバウンド考:第4回 インバウンドで必要な国際感覚(2010/11/30)
通訳案内士のインバウンド考:第3回 下見はガイドの大事なお仕事(2010/10/15)
通訳案内士のインバウンド考:第2回 質問・疑問はヒントの宝庫(2010/09/07)
通訳案内士のインバウンド考:第1回 旅行者の胃袋をつかめ(2010/08/03)




文:旅野朋/通訳案内士(英語)