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ツアー中の雪崩事故とガイドの責任〜法律豆知識(76)

  • 2006年2月4日
 近年、高齢の方々が元気であることも反映し、ツアー参加者の年齢層が高くなっていると感じる方も多いだろう。ただし、ハイキング、スポーツなどが目的の場合は、年齢よりもむしろ、思わぬところに落とし穴もある。消費者のニーズも多様化する中で、危険と隣り合わせとなるツアーも増えており、旅行中の危機管理は重要だ。

 前回に引き続き、ツアー中に事故で、刑事事件になったケースを紹介しよう。事案は、前回でも紹介した、札幌地裁小樽支部平成12年3月21日判決。本件のなかから、危機管理のヒントを探り出して、今後のツアーの企画に役立てて欲しい。

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 事実関係

 被告人A、B両名は、北海道虻田郡所在のホテルの地下一階に事務所を置く、「××プロスノーボードサービス」の従業員として勤務。冬期間におけるスノーシューイング(スノーシューイングと呼ばれる洋式のかんじきを付けて、雪上を散策)のツアーの企画、参加者の募集、及びガイド等の業務に従事していた。
 AとBはガイドとして、平成10年1月28日、有料スノーシューイング・ツアーに応募したC子(当時24歳)とD子(当時24歳)の二人を引率し、午前10時30分ころ出発した。そして、午前11時45分ころ、ニセコアンヌプリ山の南東側に位置する「春の滝」と呼ばれるところで休憩を取っていたところ、4人とも、破断面の幅が約200メートルの大型の面発生乾雪表層雪崩に巻き込まれた。

 雪中に埋没し、救助されたものの、C子は入院加療6日を要する全身打撲と偶発性低体温症の傷害。D子は、札幌医科大学医学部付属病院において雪崩事故に起因する急性心不全で死亡するという大惨事になってしまった。
 A、Bは業務上過失致死傷罪に問われ、いずれも、禁固8月、執行猶予3年の有罪判決を受けた



 雪崩の可能性

 休憩場所は、「春の滝」の急斜面の斜面を目前に望む場所で、急傾斜の沢筋であり、樹木がほとんど生えていなかった。しかし、このような樹木のまばらな沢筋は、雪崩の通過地点とされているのである。
 その場所の斜度は38度。雪崩が発生するのは30度から40度の急傾斜とされている。破断面を生じた箇所への迎え角は約28度。しかし、表層雪崩発生地点への迎え角が18度以上の場所は雪崩に巻き込まれる可能性が高いとされている。

 まさに、雪崩が起こっておかしくない場所で休憩をしてしまったのである。しかも、これらの注意ポイントは、市販の冬山の文献に普通に記載されているもので、この程度の知識はAもBも有していた。
 さらに、「春の滝」は、地元山岳関係者やスキー場関係者から雪崩危険区域と認識されているアンヌプリ山の南東側斜面に位置する扇状急斜面であり、春になると雪解け水で滝が出来るのでそのように呼ばれていた。ニセコスキー場安全利用対策連絡協議会はチラシを作成配布していたが、本件休憩地点はそのなかで危険地区に入っていた。AとBは、このことも十分認識していた。

 事故以前の4日間、断続的に雪が降り続いて積雪は44センチの増加、危険とされる厳冬期の表層乾燥雪崩発生の危険が強く、当日は札幌管区気象台から大雪雪崩注意報が発令されていた。
 まさに、いつ雪崩が起こってもおかしくない時期と場所で休憩を取ってしまったのである。



 AとBの経歴

 Aは、高校時代から冬夏を問わず20数年の登山経験があり、県山岳協会加盟の理事、雪崩事故防止講習会の講師を務めたこともあった。登山用品店のアドバイザーや、個人で北アルプス等の山岳ガイドをするなど山岳関係の仕事に就いたあと、平成6年から7年頃から、冬期間は本件のガイドの仕事をしていた。
 Bは、平成2年、3年に「××プロスノーボードサービス」で稼働し、冬山登山をするようになった。平成4年からは倶知安町に定住。平成8年頃から冬期間は、本件のガイドとして稼働していた。
 このように、両名とも、冬山の経験は豊富でガイド歴も長い。ことに、Aは、雪崩事故防止講習会の講師を務めたこともり、雪崩には詳しかったはずである。



 教訓

 本件は、雪崩の危険性も現場も知り尽くしていたはずのベテランが、最も危険な時期に、最も危険な場所で休憩を取ったがために起きた事故である。事故というのはこのように、まさに「どうして」という状況下で起きるのである。

 日本では、山岳ガイドには特別の資格は要らないが、ヨーロッパなどガイドの資格が厳格なところでも事故は絶無ではないという。危険を伴うツアーを企画するときには、ガイドの経験や資格だけに頼り切るのは危険だということはまず認識すべきであろう。
 本件では、AとBは、ツアーの当初の目的地であるチセヌプリは天候が悪いことから、半月湖周辺への変更を提案したが、D子が半月湖周辺へ行った経験があるのでそれ以外の場所を希望したため、AとBは相談し、最も危険な「春の滝」方面を目的地に選定してしまったといういきさつがある。

 ここに、本件の重要なポイントがあると思われる。人は、その場で、特定の問題の解決に集中していると、その問題のみに執着し、それを客観的に検証する余裕がなくなるという弱点がある。本件も、どこへ行くか相談しているうちに目的地がいかに危険かの検証が抜けてしまったのであろう。

 目的地の変更はやむをえないとしても、新ルートが安全か、チェックする第三者が必要だったのである。チャックシステムがあれば、雪崩の危険性が浮かびあがったはずである。第三者のチェックは、どんな、ベテランに対しても必要だということを忘れないで欲しい。



  =====<法律豆知識 バックナンバー>=====

第75回 羊蹄山有料登山ツアー凍死事件と教訓

第74回 グリーン車の座席は、後ろ向きでは駄目か?

第73回 最近の相談事例から(2):「ダブルベッド」のトラブル

第72回 最近の相談事例から:「シャワーのみ」というトラブル

第71回 旅行業界にとっての耐震データ偽造事件<特別編>

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編集部: editor@travel-vision-jp.com

執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
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