法律豆知識(120)、受託手荷物の紛失(その3)

  • 2007年3月17日
<上限を超えた場合>

 モントリオール条約では、上限である約16万円を超える手荷物を預ける場合、その金額を申告し、所定の割増料金(従価料金)を支払えば、上限を超えて責を負ってもらえる。また、破損、紛失等について航空会社側に故意があれば、上限は無くなる。

 自らの評価で、100万円の価値があると思い、その旨を申告して従価料金を支払ったとしよう。この場合でも条約上、航空会社は対象物が100万円の価値が無いことを証明できれば、実際の価値分に限って責任を負うことになる。しかも、その評価の基準は到着地にあり、そこで算出することになっている。つまり、運悪く紛失し、到着地の外国ではそれが50万円の価値しかなかったとしよう。航空会社は、50万円の価値であると証明できれば、50万円の賠償で良いことになる。

 空港で手荷物を預ける場合、その場で物の価値を正確に鑑定するのは不可能に近い。職員は忙しく、専門の鑑定士がいる訳でも無い。モントリオール条約では、空港の実態を受け、第一義的に旅客の申告に基づいて従価料金を決めるという内容だ。ただし、旅客側はハッタリで高く申告しても、従価料金だけ高くなり、賠償額が高くなる訳ではない。さらに、安く申告すると、その範囲内での賠償額となる。価格の申告は、結構大変である。


<航空会社の説明責任>

 例えば、80万円相当の手荷物が紛失した場合に、従価料金の制度があることを知っていれば、その手続を取っていたという主張も出てくるだろう。つまり、航空会社側の説明が無かったので、その制度を知らないまま、特別の手続を経ることなく荷物を預けた場合にはどのような対処となるのだろう。

 航空会社の説明が不十分な場合、航空会社の故意に準じて、責任の上限を認めないという解釈もあり得る。現に国民生活センターの処理に於いては、その苦情処理専門委員会小委員会助言という形で、そのような考え方があることを示している。つまり、航空会社は、80万円の責任を問われることになる。

 ただ、これに対して航空会社側としては、約款をウェブサイト上で公開し、従価料金の制度の存在を示していることを根拠として、説明責任は十分に果たしているという反論も予想される。ただし、約款についてはかみ砕いた説明が無いと、一般の人にとってはその意味がよく判らないというのが実際である。

 航空会社の説明責任はどこまであるか、この点について裁判所の判断が欲しいところだ。とはいえ、日常の実務としては、約款上の制度は、旅客にも判るように工夫して説明するということを、航空会社には望みたい。


<管轄>

 最後に管轄について述べておこう。

 モントリオ−ル条約では航空会社に於ける死傷事故の場合は、旅客の居住地でも裁判を起こせるが、手荷物の遅着の場合の裁判管轄は、(1)航空会社の住所地、主たる営業所の住所地、(2)航空会社が契約を締結した営業所の所在地、(3)到達地だけである。つまり、この(1)、(2)、(3)のいずれかの要件を満たさないと、旅客としては、自己の住所地では裁判を起こせないのである。

 現在、日本人も国際的に活躍しており、日本国外で航空券を手配し、日本以外に拠点を置く航空会社を利用し、かつ到着地は日本以外という旅行も多い。この場合は、日本で裁判を起こすことは出来ないし、日本の法律の適用を求めることも出来ない。

 また、国際線の乗り継ぎを除く国内航空の場合は、それがどこの国であっても、モントリオール条約の適用は無く、各航空会社の約款に基づいて処理されることになるので、注意を要したいところだ。

<航空関係は、今回で一区切りし、次回は別のテーマを検討する予定である>



   =====< 法律豆知識 バックナンバー>=====

第119回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その2)

第118回 航空会社に預けた受託手荷物の紛失(その1)

第117回 日本のADRの現状:簡易裁判所から消費者センター

第116回 裁判所の活用の仕方−旅行業関係者に向けて

第115回  航空会社とのトラブル−なぜ日本人の訴訟が少ないのか


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執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
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