【寄稿】森本剛史氏追悼-伝説の旅行書コンシェルジュの本棚

  • 2015年1月20日(火)

蔦屋書店代官山店の一角につくられた森本剛史氏のメモリアル・コーナー。生前の彼自身の書棚の一部も再現されている(写真撮影:小坂伸一) 代官山蔦屋書店の旅行書売場のコンシェルジュであった森本剛史が、2014年9月22日に亡くなった。2014年12月には彼が勤務していた書店に隣接するギャラリーでお別れの会がおこなわれ、出版関係者を中心に150人が参集し、森本の旅と仕事と人柄を偲んだ。(寄稿:西川敏晴(トラベルジャーナリスト 前地球の歩き方代表))

 旅行経験豊かな森本は、人生の大半を旅のライターとして活躍し、2011年12月に代官山T-サイトがオープンすると同時に、旅の本の案内人として蔦屋書店に勤務することに。「60歳を過ぎて初めて、サラリーマンとして働きます」と笑っていた。

 旅が好きで、旅に暮らす旅の書き手としての人生は楽しいが、生活は不安定となる。人生の着地点として森本が選んだ「旅行書のコンシェルジュ」は、旅のすべての経験を集大成できる職場としてふさわしいと誰もが感じた。実際、店がオープンしてから、とくに代官山蔦屋書店の旅行書売り場及び「コンシェルジュ森本」は注目を浴び、テレビをはじめメディアに頻繁に取り上げられた。遠くから森本を訪ねて来るファンもおり、書店は代官山の観光スポットになった。そして、彼は日々、個性的な旅行書の棚をつくり続けていった。


自由自在な本の組み合わせ

 「自分がやりたいように売場の棚をつくりたい!」とは、書店員なら誰もがあこがれる。が、スペースや売場の方針、売上目標などから簡単ではない。森本は最初から、豊富な旅の経験と読書体験をもとに自在に本を組み合わせた。ガイドブックを軸に、関連するエッセイ、歴史書、小説を傍らに並べる。棚を引き継ぐ後輩たちは「旅はその背景に文化や景色や歴史・・・などの知識があってこそ深くなる、と森本にはいつも言われていました」と語る。その引き出しの多さと豊かな旅の経験がバックにあるので、説得力がある。おっ!と思う本が、見つかったりもする楽しみこそが、森本の本棚の真骨頂でもある。

 本棚を見ると、パリとニューヨークにスペースを取っていることにまず目が向く。ガイドブックの売れ筋の2大人気都市であり、アートの見どころが多くて深く、この2つの都市の棚の本の並びを見るだけでも森本の棚づくりの極意が見えてくる。パリではパリジェンヌというコーナーが興味深い。コンシェルジュの一番のお勧めのパリの本は、堀内誠一著「パリからの旅―パリとフランスの町々」(マガジンハウス)だ。発売は1990年のはるか昔、イラスト満載の、フランスへの愛情のこもった、未だに古びない永遠のパリ&フランスの旅の本であり、読み返すたびに発見がある。ニューヨークはブルックリンをフューチャーしている。

 森本は個人的には南米が好きで、スペインを愛し、アジアではバリ島に惹かれた。中国は何度行っても相性が良くなかったらしい。スペインの旅のコーナーには、ジョージ・オーエル著「カタルニア賛歌」(現代思想社新社)を常に置いて、スペイン旅行の必読書としてアピールした。


根っからの旅行好き

 地球の歩き方編集部に森本が私を訪ねて来たのが、最初の出会いだった。私が1970年代初めのバックパッカー時代に、イスタンブールからインドのカルカッタ(当時)までのユーラシア大陸南ルートを陸路で旅して帰国した後に、新宿紀伊国屋書店で「お前も来るか!中近東」というミニコミ本を見つけて買った。「旅をする前にこの本があったらなあ!と心から思った」と私がどこかでしゃべったか、書いたかしたことを、その本の共著者の1人であった森本が知り、私に会いに来たのだった。70年代のパックパッカーたちは、旅のスタイルだけで強烈な連帯感を感じていたのである。

 「地球の歩き方」では、旅行雑誌「トラベル・フロンティア」創刊号で南イタリアとマルタ取材を森本に依頼した。彼が好きだった映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の舞台であるシチリアのパラッツォ・アドリアーノの取材や、当時覆面作家であった「燃える男」などを書いたA・Jクイネルにコゾ島で会いインタビューをする機会を得て、マルタ共和国は彼の大好きな旅先となったようだ。

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