カザフから突如就航、今月末に定期便化-SCAT航空はこんな会社

7月から成田/ヌルスルタン線を運航中、課題は知名度
元MIATモンゴル航空支社長の日本代表に聞く

  • 2019年10月7日(月)

プレブスレン氏  カザフスタンのSCAT航空(DV)は今年7月、成田と同国の首都ヌルスルタン(旧称アスタナ)を結ぶ定期チャーター便の運航を開始した。2国間における旅客便の運航は初めてのこと。長らく可能性が噂されながら実現してこなかった日本/カザフ間路線については、今年に入りカザフ側でさまざまなニュースが報じられ始め、DVによる10月末の運航開始に関する情報が入って来た後には7月に就航が前倒しされるなど、一連の動きが急展開で進んでいるが、当のDVは日本市場でどのような未来を描いているのか。MIATモンゴル航空(OM)日本支社長から、今年5月にDVの日本代表へと転身したソドノムドルジ・プレブスレン氏に、これまでの経緯と今後の展望を聞いた。

-ご自身の国の航空会社の日本支社長から、隣の国の航空会社の日本代表に転身されましたが、まずはこれまでの経歴や転身の理由についてお聞かせください

ソドノムドルジ・プレブスレン氏(以下敬称略) 私はモンゴルのウランバートル出身で、中学卒業後の2001年に来日して日本の高校と大学を卒業した後は 、08年から12年末までモンゴル旅行業協会日本支部の代表補佐として旅行業界に携わってきた。13年からOMの日本支社長を務めていたが、今年の5月には日本就航を決めたDVの日本代表に就任した。

 私は日本語に加えてロシア語などを話すが、カザフスタンではカザフ語に加えてロシア語が公用語となっていることから、日本の市場を知り、かつロシア語で本国とコミュニケーションを取れる能力を買われた。カザフスタンについては、モンゴル西部のバヤン・ウルギー県に約10万人のカザフ人が暮らしていることもあり、昔から身近な国として感じていた。

-DVが日本路線を開設した経緯について、改めて説明をお願いします

プレブスレン 建国した1991年から今年の3月までカザフスタンの大統領を務めたヌルスルタン・ナザルバエフ氏が進めた国作りが、大きな背景としてある。初代大統領は豊富なエネルギ-資源をもとに、カザフスタンを中央アジアの金融や物流、人的交流の中心地とするべく取り組んできた。1997年からの首都であるヌルスルタンでは、日本の建築家の故黒川紀章氏による都市開発が進められ、現在も各種のプロジェクトが進行している。17年には中央アジアでは初めての万博も開催された。

 政府はヌルスルタン国際空港  (旧称アスタナ国際空港)についても、中央アジアのハブ空港とすべく施設や機能の拡充に取り組んできた。内外の航空会社による路線開設も増加しており、近年はDVも加速度的に新たな国際線を開設している。今年はすでにウランバートル、モスクワ、プラハ、カイロ、タジキスタンのドゥシャンベなどに就航し、あわせて7月には成田への定期チャーター便も開始することになった。

 カザフスタンと日本は2016年11月に直行便開設について合意し、日本は成田、中部、関空、カザフスタンはヌルスルタン、アルマティ、カラガンダの各3空港への乗り入れと、週14便までの運航が認められた。ナザルバエフ氏はDVやフラッグキャリアのエア・アスタナ(KC)などに、経済大国である日本への早期就航を指示し、DVは今年に入ってから第一副社長などが2度に渡り来日して準備を進めた。当初は10月末の就航を予定していたが、予定を前倒ししてナザルバエフ氏の誕生日の7月6日に定期チャーター便の初便を運航することとなった。

エルアルイスラエル航空
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