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「東京観光財団」 町田忠 観光事業部長
「まさに鎖国のような状態。出口が見えず、観光業界は未曽有のダメージを受けた」。都内の主要企業でつくる公益財団法人「東京観光財団」(新宿区)の観光事業部長で、今年3月まで旅行大手JTBのグループ会社で執行役員を務めた町田忠さん(57)が嘆く。
インバウンド(訪日外国人客)の減少は顕著で、2020年に都を訪れたのは約252万人。前年比8割超の落ち込みとなり、集計を始めた04年以降、過去最少となった。水際対策の強化で、21年はさらに減ることが確実だ。
観光関連産業の裾野は広く、影響は旅行業だけでなく、宿泊施設や観光バス業者などにも及ぶ。そして、経営状況以上に危機的なのが、人材の流出だ。
「東京ヤサカ観光バス」(北区)では昨年、かき入れ時の修学旅行シーズンでも、車庫にはバスがずらりと並んでいた。20年10月~21年9月の稼働率は従来の2割ほどで、運転手の多くは自宅待機を余儀なくされた。副業を許可し、助成金で雇用維持にも努めたが、複数の運転手が社を去った。
業界関係者によると、大型免許を持つ運転手らは、コロナ禍でも比較的業績が安定している運送業界に流れる。同社のバス稼働率は5割まで戻ったが、営業部長の片岡勇司さん(65)は「観光需要が回復しても、経験豊富な運転手が戻ってくれる保証はない。今後は人手不足が深刻な問題になるだろう」と危惧する。
世界経済フォーラムが5月に発表した21年の旅行・観光開発力ランキングで、日本は初めて世界首位に立った。都の旅行代金補助事業も再開され、東京スカイツリー(墨田区)には外国人が戻りつつある。観光業界復調のカギは、海外からの玄関口でもある東京が握っており、町田さんは「深い傷痕が残る業界の声に耳を傾け、支援していく姿勢が求められる」と話す。
財団が新設する支援センターでは、助成制度の紹介から、相談に応じる専門家の派遣までを一元的に担う。体験やサービスに代表される「コト消費」を求める客向けのプランづくりや、多摩地区や島しょ部の魅力発信など、業界が取り組むべき仕事は山積する。
都内で再び感染者が増加傾向に転じる中、町田さんは「コロナ対策が重要なのは言うまでもない」としながらも、「世界の潮流に合わせた観光振興を図るため、官民がともに知恵を絞るべき時期だ」と語る。
コロナ禍飲食文化に影
度重なる休業要請を受けた飲食業界を救済するため、都内だけで2兆円近い協力金が注ぎ込まれた。だが、コロナ禍は東京が誇る飲食文化にも影を落としている。
「客がなかなか戻らない。協力金もなくなり、これからが大変だよ」。新宿・歌舞伎町の「新宿ゴールデン街商店街振興組合」の理事長で、自らもバー「クラクラ」を営む外波山文明さん(75)がぼやく。
組合に加盟する112店の大半が都の休業要請に応じた。協力金のおかげで閉店に追い込まれる店はなく、外波山さんは「制度に助けられた」と感謝する。東京商工リサーチによると、2021年度、都内の飲食業者の倒産件数は88件。前年度からむしろ38件減った。
ところが、コロナ禍は人々の生活様式も変えた。感染対策に加えて在宅勤務などの普及で「飲みニケーション」は下火に。経済活動が再開されても、飲み屋街に人は戻ってこない。外波山さんの店に顔を見せなくなった常連客も多く、売り上げは以前の7割ほどに落ち込んだままだ。
物価高も追い打ちをかける。野菜や油、そして氷。あらゆる仕入れ値が上がり、「ボディーブローのように効いている」という。価格を守るため、煮物の野菜を1品減らすといった努力を重ねる。ゴールデン街は、雑多な街並みが外国人観光客にも愛されてきた。再訪を待ち、外波山さんは自動翻訳機を準備する。
連れだって外食し、仕事終わりにはバーで一杯飲む。社会からはそんな余裕さえ失われているように見える。歌舞伎町の片隅で庶民の営みを見守ってきた外波山さん。「ことは飲食業界だけの問題ではない。国民の生活を守る政治であってほしい」と願う。