インバウンド超える消費 「LGBTツーリズム」の破壊力

旅行する頻度や消費額が高いとされるLGBT(性的少数者)を誘致しようと、国内で取り組みが進んでいる。世界の市場規模は2180億ドル超と成長著しく、新型コロナウイルス禍後の観光の牽引(けんいん)役として期待する声もある。ただ、受け入れには性的少数者を理解したうえでの接客やおもてなしが欠かせない。大阪では観光局やホテルが、安心して旅行できるという情報発信や環境の整備に努めている。

同性カップルが安心の散策

男性同士のカップルが、大阪の名所、大阪城公園や道頓堀を歩き、時には街の人との会話を楽しんだり、肩を組んで写真を撮ったりしている。そして夜にはお好み焼きに舌鼓を打ち、ゲイバーで踊って-。

大阪観光局が運営する、LGBTに向けた英語サイト「Visit Gay Osaka(ビジット・ゲイ・オオサカ)」のサイトには、同性同士のカップルが安心して大阪の街を散策できる様子を2分ほどの動画で紹介している。

同観光局は2018年、LGBTツーリズム普及のために設立された旅行業界団体で、世界80カ国の2千社・団体以上が加盟する国際LGBTQ+旅行協会(IGLTA)に加盟した。同局のサイトでは、自らの性別を決められない、分からない、または決めない人を意味する「Q」を含めたLGBTQの受け入れに前向きなホテルや飲食店のほか、ツアーを紹介。同局は特に東京に次ぐゲイバーの集積地である大阪の特色を生かした観光コンテンツの充実を急いでいる。

溝畑宏・理事長も「LGBTのツーリズムは欧米豪をはじめ海外から集客を期待できる。日本における観光のトップランナーとしていち早く取り組みを進める」とし、24年のIGLTA年次総会の誘致を目指す。実現すればアジア初。「多様性の尊重」というテーマを掲げる2025年大阪・関西万博の開催前年に、世界に大阪の存在感をアピールしたい考えだ。

2倍の旅行消費額

21年9月のIGLTA年次総会は米アトランタで開かれ、新型コロナ禍にも関わらず、27カ国から400人ほどが参加したという。LGBTツーリズムの市場の可能性を感じさせる数字だ。

フランスのコンサルティング会社、アウト・ナウが試算した世界市場は、14年の約2020億ドルから18年には2187億ドルに拡大。コロナ禍で縮小に転じたが、昨秋の総会の盛況ぶりからも「感染収束後の立ち上がりが最も早い層」と予測する関係者も多い。

一方で、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、LGBTは世界中の旅行客の10%以上、総旅行支出の約16%を占めているという。家庭や子供を持つ人が少なく、旅行する頻度や旅行消費額が高くなることが背景にあると考えられている。

ただ、「LGBTがどこでも安全に旅行を楽しめるわけではない」と指摘するのは、性的少数者に関する研修などを行うアウト・ジャパン(東京都新宿区)の小泉伸太郎会長だ。世界的に性的少数者への理解が進むとはいえ、国や地域によっては違法行為や宗教上のタブーに当たるケースもある。その点、同性婚を法的に認めていないものの、同性愛を違法としていない日本には「LGBTツーリズムが広がる大きな可能性がある」と話す。

LGBTに特化した旅行手配業も手がける小泉氏は「米国から日本へ誘致した200人以上の旅行者の平均消費額が、米国からの一般のインバウンド(訪日外国人客)の約2倍だった」と明かし、LGBTツーリズムの可能性を強調する。

積極的な外資系高級ホテル

そこで、国内でLGBT旅行者の誘致に積極的に取り組んでいるのが、外資系の高級ホテルだ。米ヒルトンの「コンラッド大阪」(大阪市北区)は昨年、大阪観光局主催のセミナーを受けたことをきっかけに、社内での共通認識や接遇のあり方などを約50項目にわたりまとめた。

例えば、体の性別と性自認が一致しないトランスジェンダーの客に対して、スパなどの更衣室で不快な思いをさせないように客室を案内するケースもある。「一般客への配慮もしながら、さまざまなリクエストに対して答えを用意しておくことが大切。さりげないサポートで、諦めていた旅行に一歩踏み出してもらえる」(担当者)と話す。

米マリオット・インターナショナルの「W Osaka」(同市中央区)も、LGBTQの多様性について、職種の垣根を越えて話し合う場を設けている。性的少数者の従業員もいるが、同ホテルの横山絵理子・副総支配人は「自ら明かしているスタッフはまだ少ない。LGBTQが気持ちよく過ごせるサービスを提供しなければならないが、それにはスタッフのチームを多様にしなければ」と語る。

需要を取り込むための取り組みがホテル業界で進む一方で、「LGBTQをひとくくりにはできず、マニュアル化したサービスでは対応できない」という共通認識もある。また、LGBTQのコミュニティーではSNS上での情報交換が活発に行われ、高評価なら強い武器となる半面、悪評が拡散されるリスクもある。旅行会社からは「性的少数者を含めた誰もが楽しめる観光コンテンツをつくれたらと思うが、たたかれることを恐れるあまり、腫れ物に触るような対応になりがち」と、ツアーをつくることを躊躇(ちゅうちょ)する声も漏れる。

観光社会学を専門とする立命館大の遠藤英樹教授は「LGBTQをマーケティングの手段としてだけ見て、決めつけたサービスをすれば逆に反発を招く可能性がある。見せかけの観光誘致ととらえられかねない」として、LGBTQを含めた広い意味での多様性を受け入れる社会基盤の必要性を指摘している。(田村慶子)

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