深層リポート

埼玉発〝街全体がホテル〟開業以来好調 秩父市、飲食店などと連携

桐たんす職人の古民家を改装した宿泊施設「桐の匠 吉」=埼玉県秩父市(兼松康撮影)
桐たんす職人の古民家を改装した宿泊施設「桐の匠 吉」=埼玉県秩父市(兼松康撮影)

埼玉県秩父市で歴史のある古民家を改装し、さらに街全体をホテルに見立てた宿泊施設「町住(まちじゅう)客室 秩父宿」が4月のグランドオープン以来、好調だ。市内に点在する古民家を宿泊棟に、さらに提携する飲食店や銭湯などを、ホテルの飲食店や入浴施設に見立て、宿泊客に市街全体を利用してもらう方式を採用。新型コロナウイルス感染拡大で多大な影響を受け、回復途上にある訪日外国人観光客(インバウンド)も取り込んでいきたい意向だ。

古民家を宿泊棟に

4月にオープンした「桐の匠 吉」(全3室)は、戦前に母屋が建てられ、増築を繰り返した桐たんす職人の古民家を改装した。桐たんす職人の家らしく、各部屋には桐たんすやそれを利用したテレビ台などがあしらわれ、歴史の重みと風情を醸し出している。貸切風呂の「むすびの湯」やカフェも設けられた。

令和2年4月に同様に古民家を利用した「和空間 多豆」、3年4月に「箱庭 猿楽庵」をオープンしたが、コロナ禍の影響で全3棟のグランドオープンが今年までずれ込んでいた。

面白いのは市内の飲食店などと提携し、宿泊客に街なかを回遊してもらうことによる商店街活性化を目指している点だ。宿泊客は「町歩きパスポート」を受け取り、提携店を訪れると名物のみそ団子がもらえたり、銘酒の試飲ができたり、各種割引サービスなどを受けられたりする。

こうした古民家の再利用・活用について、運営会社「パラリゾートちちぶ」の出浦洋介社長は「持ち主の家族らにとっては、家を壊すのは忍びない。ただ残しておくだけだと固定資産税などもかかる。ならば宿泊施設にすれば、年に1度ぐらい、思い入れのある場所に戻ってくることもできる」と指摘する。

インバウンド狙え

加えて、桐たんすなど和のテイストを楽しめることから「日本の生活を体験できる宿」として、インバウンドの取り込みも図る。

出浦社長によると、グランドオープン以降、「歴史を感じられる雰囲気がいい」などと好評で、週末を中心に稼働状況は好調。おばんざいやおにぎりなど、70代のスタッフがつくるメニューが好評なカフェは、宿泊客の利用だけでなく、近隣客らによるテークアウトも多いという。

カフェで提供するおばんざいなどのメニューも人気=埼玉県秩父市(兼松康撮影)
カフェで提供するおばんざいなどのメニューも人気=埼玉県秩父市(兼松康撮影)

宿泊客のうち、1割程度が外国人観光客。「これから本格化するインバウンド回復に備えたい」と出浦社長はこの先を見据える。

秩父地域では、古民家を改装し、宿泊施設として稼働させる例が他にもある。一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社や西武グループなどが共同出資するプロジェクトで、秩父鉄道御花畑駅近くの「小池煙草(たばこ)店」と「宮谷家」、秩父駅付近の「マル十薬局」といった歴史的価値の高い建物を宿泊施設にリノベーションし、昨年から運営している。それぞれ宿泊棟やレストラン、カフェなどとして活用し、機能を分散させることで、宿泊客の回遊性を高める狙いも同様だ。

人口減少が著しい中で、「古民家に光を当てて再生し、商店街との連携、インバウンド誘致などで街を活性化したい」と出浦社長。人口減少問題が日本中の課題となる中で、秩父市で行われる方策が、一つのモデルケースとなるか。

秩父地域の外国人観光客数 秩父市を含む秩父地域の外国人観光客数は、「秩父地域おもてなし観光公社」によると、平成28年に年間10万人を突破。コロナ禍前の令和元年には13万3000人とピークを記録したが、コロナ禍で2年は1万700人、3年は7400人まで落ち込んだ。新型コロナウイルスの感染症法の分類が5類に移行し、今後のインバウンド回復に期待がかかる。

記者の独り言 首都圏では、秩父へ行こうと誘う私鉄のテレビCMなどが盛んに流されていたが、埼玉県民でも、秩父へあこがれる思いを強く持つ人は多い。豊かな自然、さまざまな伝統行事、おいしい食べ物…。私自身は、行って帰ってこられる距離にあるので、泊まったことはないが、一日を通して楽しむには、こうした形の宿泊を伴って街歩きを堪能することが、近道である気もした。機会を見つけてぜひこうした体験を楽しみたい。(兼松康)

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