アングル:医療ツーリズムの客足戻らず、物価高などで節約志向に

アングル:医療ツーリズムの客足戻らず、物価高などで節約志向に
 ハンガリーのアッティラ・ノット氏が経営する歯科医院では、閑古鳥が鳴いている。写真はインプラント治療を受ける英国人患者。ハンガリー・ブダペストで2月10日撮影(2023年 ロイター/Marton Monus)
Joanna Plucinska
[ブダペスト 27日 ロイター] - ハンガリーのアッティラ・ノット氏が経営する歯科医院では、閑古鳥が鳴いている。
外国から患者が歯科治療を受けに来ると期待していたのに、いっこうに姿を現さない。最初はコロナ禍、そして最近は生活費高騰が原因で、パンデミックに伴う渡航制限が解除されたにもかかわらず、医療ツーリズム産業は回復に苦しんでいる。
「みな以前より慎重になっている」とノット氏は語りつつ、このクレアティフ・デンタルクリニックから通りを隔てて向かい側にある空っぽのビルに視線を送る。「歯科治療などに大枚をはたくのを考え直すようになってしまった」
2020年3月には新たな治療施設をオープンする予定だった。ハンガリーで自国よりも安く歯科治療を受けたいと考える患者をもっと受け入れたいと考えたからだ。
だが、コロナ禍以前には月600人前後だった患者数は、今や半減してしまった。ノット氏は、結腸内視鏡検査や人工膝関節置換手術にも手を広げようかと思案中だ。
ここ何年にもわたり、英国や北米の患者にとっては、ハンガリーやトルコなどに渡航して、現地のクリニックで治療を受けることは選択肢の一つとなっていた。歯科でもその他の診療科でも、自国で治療を受けるには長い待ち時間や高い治療費という問題があったからだ。
医療事業者は、コロナ禍に伴う渡航制限が解除されれば患者数はあっというまに回復すると期待していた。
だが1年前にウクライナでの戦争が勃発すると、インフレによりエネルギー価格や食料品価格が高騰し、人々の余裕資金はほとんどなくなってしまった。美容目的の治療となれば、なおさらだ。
ハンガリーはウクライナと国境を接しているだけに、戦争そのものも外国人にとって脅威になっている、とノット氏は言う。
航空運賃は高騰し、便数は減っている。昨年夏の航空業界の混乱も記憶に新しい。ロイターの取材に応じたクリニック経営者やアナリストらは、そうした要因も受診希望者の足を遠ざけていると指摘する。
英国などの国からトルコなどの外国人向け医療拠点に向かう医療ツーリズムを専門とするウィーキュア(WeCure)によれば、トルコなどの国をめざす場合、航空運賃が2019年当時の2倍にもなる例があるという。
ウィーキュアでは、渡航・治療を合わせたパッケージ旅行の価格のうち、現在では航空運賃、地上での交通費、燃料費が約15%を占めているという。コロナ禍前の約2倍の比率で、価格全体に上昇圧力が生じている。
クリニックの側もコスト上昇に直面しており、治療料金を引き上げる動きも見られる。リトアニアの整形外科クリニック「ノルドオーソペディクス」はロイターの取材に対し、腰・膝の人工関節置換手術の料金は、5年前に比べ約15%上昇していると述べた。
ウィーキュアのエムル・アトセケンCEOは、「(顧客は)選択を迫られるだろう」と語る。「植毛手術を受ける代わりにガス料金や電気料金を払おう、とね」
<治療費の分割払いも>
患者の治療意欲を高めるため、クリニック経営者によっては、一括ではなく治療が進んだ分だけ支払うオプションを提供するところもある。もう一つの支えとして、クラウドファンディングも拡大している。
ウィーキュアのアトセケンCEOは、同社では一部の顧客に対し、コストの長期分散のため、旅行代金の分割払いを提案しているという。
外国人患者向け医療サービスを提供するインド企業ライフボートは、ロイターの取材に対し、患者がどうしても必要な外科手術の代金を払えるよう、「インパクトグル」と呼ばれる募金サイトと協力しているという。
一部の医療事業者は、英国及びカナダの患者に狙いを定めている。両国では、公的な医療サービスが逼迫(ひっぱく)しており、長期間待たされる可能性があるからだ。
ノット氏の歯科医院では、患者のほとんどが英国及びアイルランドからで、その他の北欧諸国やフランスからの患者は少ないという。
英スタフォードシャー州のリンダ・フロホックさん(73)は、歯科インプラント治療を受けるためにブダペストにやってきた。費用を賄うため、銀行ローンを組み、貯蓄を取り崩した。
治療料金は8000ポンド(約131万円)。英国で同じ治療を受ければ推定3万2000ポンドになるという。
「緊急にやる必要があり、ここでしかできないのであれば、ここまで来て治療を受けたいと思った。必要ならば自分でどうにかしないと」とフロホックさんは言う。
<緊急か、任意か>
市場調査会社LaingBuissonが発行する「インターナショナル・メディカル・トラベル・ジャーナル(IMTJ)」では、医療ツーリズム市場の規模は現在約210億ドルで、コロナ禍前より縮小していると試算する。ただし編集者のキース・ポラード氏は、データは十分ではないと指摘している。
医療目的の海外渡航者は年700万人ほどで、IMTJでは、年5-10%が現実的な成長率だと見ている。一部の予測よりはるかに低い数値だ。
ブダペストに本拠を置くヘルス・ツーリズム・ワールドワイドを経営するラズロ・プクズコ氏は、緊急治療を専門とするクリニックであれば、現在の経済状況を乗り切れるだろうという。生計が苦しいと感じる顧客でも、緊急であれば治療費を出す気になるからだ。だが、鼻形成術など任意の治療に関して低価格を売り物にしているクリニックの場合は生き残りが厳しいというのがプクズコ氏らの見解だ。
「深刻な関節炎を抱えていて歩くことも不自由な場合、整形外科手術を先送りすることはできない。生活を大きく左右する、大切な手術だ」と語るのは、ノルドオーソペディクスで営業・マーケティングを担当するビリウス・スケトリス氏。
ボブ・マーティンさん(71)は、クレアティフで新規の歯科インプラント治療を受けるため、約1万8000ポンドを支払うことを決めた。英国出身で、NHSの看護師長を引退したマーティンさんは、永久歯が生えてこない症状を抱え、生涯の大半を通じて、義歯で苦労を重ねてきた。
「治療を済ませる必要があるならば、他に選択肢はない」とマーティンさんは言う。
不可欠な歯科治療を必要としている患者は、どれだけコストがかかろうとちゅうちょしない、とクレアティフを経営するノット氏は言う。
「そういう人は、価格交渉もしないのが普通だ。どんな請求書を突きつけてもサインしてくれる」
(翻訳:エァクレーレン)

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