ホテルや旅館が人手不足でパンク状態 長引いたコロナ解雇の落とし穴

宿泊業界の人手不足が深刻だ。マンパワーでは回らず、効率を高めるデジタル技術の導入が進んでいる。JTBは基幹システムと自動精算機といったデジタルツールを連携させてチェックアウト業務などを省力化する新システムを開発し、ホテルや旅館に提供をスタート。宿泊業者はインバウンド(訪日外国人客)の本格回復を見すえた採用・育成も急ぐが、低いといわれる業界の賃金水準が円安でさらに目減りし、外国人材の獲得に課題も出ている。

デジタルツール活用

神奈川県箱根町にある温泉旅館「吉池旅館」は昨年末に客室の約7割が稼働。客足の戻りを歓迎する半面、人手はぎりぎりの状態で同館の宮地健二フロントマネージャーは「時給を上げてもなかなか人が来ない」と嘆く。

業務の効率を上げるため、JTBが昨年11月から本格展開を始めた新システムを試験導入。宿泊施設の基幹システム(PMS)と、自動チェックイン・精算機といったデジタルツールを連携し省力化につなげる。チェックアウトの精算のためフロントに人員を割く必要などがなくなる。

吉池旅館を含む4施設を対象に昨年2、3月実施した実証実験では試験導入後にチェックアウト業務の時間を従来の16%に短縮できた。JTBは令和7年度までに新システムの1800施設への導入を目指す。

時間外労働の割合最多

民間調査会社の帝国データバンクによると、昨年10月時点で人手不足を感じる企業の割合は全国1万1632社のうち正社員で51・1%を占めた。業種別では69・1%と最多だった「情報サービス」に次ぎ「旅館・ホテル」が65・4%。

非正社員は平均31%だが、業種別では「飲食店」の76・3%に次いで「旅館・ホテル」が75%と高く、前年同月比の上昇幅は上位10業種で「旅館・ホテル」が最も大きかった。

帝国データは、昨年10月から「(政府の)全国旅行支援や水際対策緩和により急激に需要が増えたことで人手不足が顕著になっている」と説明。時間外労働が増えたとする割合は「旅館・ホテル」が66・7%と最多で、求人しても集まらず既存の従業員で現場を回す現状が浮き彫りとなった。

このため、需要が回復しても機会損失で業績が上向かない宿泊施設は多い。

京都市内で10軒ほどを運営する宿泊業者は「人手が足らず、施設の半分が休業せざるをえなくなった」と話す。

施設ごとに「魅力会議」

そんな中、限られた人手で生産性を最大限に高めることを追求するのは星野リゾート(長野県軽井沢町)だ。

「OMO5京都三条by星野リゾート」(京都市中京区)など市内3軒を束ねる唐沢武彦総支配人は「トップダウンではなく社員が自ら考え、行動する。言いたいときに言えることが重要で、それが現場の生産性を上げ、社員のやりがいにつながる」と説明する。

同社が全国の施設ごとに開く「魅力会議」では社員がアイデアを持ち寄り、前回の反省点も踏まえて季節の催しなどを決める。会議以外でも気づきがあれば、その場で議論が始まることもある。宿泊客用のパジャマのたたみ方からレストランの皿一つまで細かなことも現場の声で改善。そうすることで「少人数で回せたり、迅速な対応ができるようになったりしたことも多い」と唐沢総支配人は話す。

働き手から厳しい目

一方で今後、本格回復が見込まれるインバウンドの受け入れ態勢を整えようと、外国人材の獲得を急ぐホテルも増えている。

帝国ホテル大阪(大阪市北区)は大阪観光局などと連携し、外国人留学生をインターンシップとして受け入れる事業に取り組んでいる。2回目となる昨年は10月末から2カ月間、関西大学などに在籍する中国人やフランス人など留学生4人を受け入れ、英語を使って日本人社員と2人一組でレストランやフロントなどの業務にあたってもらった。

宿泊業界は新型コロナ禍で若手を中心に離職が増えており、同ホテルの幸田雅弘総支配人は「このままいけば5年、10年後の主力となるスタッフが空洞化する」と懸念。2025年大阪・関西万博を控え「既存の社員育成に注力しつつ海外からも採用することで、サービス力を上げる必要がある」と話し、今年も9月以降に実施するとした。

昨年12月には、国内50ホテルを展開する東急ホテルズが外国人客船乗務員の採用・育成ノウハウに強みを持つ海運大手の商船三井との業務提携に乗り出した。クルーズ客船で接客経験があり、幼児教育から英語に慣れ親しむフィリピン人を中心に採用し、技能実習生としてフロントやレストランのスタッフとして活用したいと考えている。

昨年から自動チェックイン機などの導入も進めてはいるが「DX(デジタルトランスフォーメーション)化したとしても富裕層をもてなすホスピタリティー人材は欠かせない」(東急ホテルズ人事部長)。

実習生の受け入れには手続きや研修が必要で、来日には少なくとも半年ほどかかる。東急ホテルズは「札幌・すすきのに今秋オープンする新ホテルで採用したい」と話す。

ただ、「円安進行により賃金が目減りし、日本で働く魅力が下がっている」(商船三井の担当者)ため、優秀な外国人材を獲得するには賃上げや労働環境の改善が欠かせない。

ホテルジャーナリストの井村日登美氏は「1990年代はあこがれだったホテル業界だが、それも今は昔。新型コロナ禍で不当な解雇や雇い止めをした企業もあり、働き手から厳しい目を向けられている。社員をコストでなく、人材として扱わなければ、持続可能なホテル経営はできない」と指摘している。(田村慶子)

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