スーパーホテル、あまりに非常識だった「3大改革」

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しまなみ海道の観光客に人気の高い「スーパーホテル今治」(写真:スーパーホテル提供)
男性はもちろん、昨今は女性や外国人観光客など、多くの人が利用しているビジネスホテル。各ホテルはそれぞれに、代名詞とも言えるサービスや設備を持っている。けれど昨今のホテル選びでは価格ばかりが注目され、提供側がこだわっているポイントにはスポットライトが当たっていないこともしばしばだ。
この連載、「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」では、各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、さらに、その奥にある経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく。第4回は、スーパーホテルの後編。前回ご紹介した眠りへのこだわりに続き、業界では非常識な「3大革命」からスーパーホテルの理念を探っていく。

ノーテレフォン、ノーキー、ノーチェックアウト

スーパーホテルがシングルマンションからホテル経営に乗り出したのは1996年。当時、マンション事業ですでに、空き室管理のIT化に莫大な投資をしていた。そして、その視点でホテルを見たとき、「これを人間がやる必要があるのか」と、疑問に思う部分が数多くあったという。その改革のためにIT化に注力したことが、業界では「非常識」と言われる、突出した個性のはじまりだ。

最たるものは、創業から客室に電話を置かなかったこと。今でこそ誰もが持っているが、当時は携帯電話が広く普及していなかったポケベル時代だ。いったいなぜそうなったのだろうか。

エレベーターホールに設置された電話(写真:スーパーホテル提供)

「いずれ携帯電話が普及する時代が来れば、客室の電話は使用しなくなるという判断です。また、電話を置けば、外線電話の精算が発生する可能性もあります。

弊社は創業からノーキー、ノーチェックアウトを目指していたので、精算につながる可能性は極力避けました。なぜなら、ゲストのチェックアウトは朝9時前後に集中します。すると、お客様は並ばなければいけなくなる。1分でも早く出発したいのに、並んでイライラ待つ姿は、ホテル業界以外にいる我々からすると疑問でした。それなら、チェックアウト自体をなくしてしまおうと」(星山氏)

チェックアウトをなくすために、鍵もなくした。ドアノブにテンキーをつけて暗証番号キーにしたのだ。これは当時、マンションの玄関では、すでに当たり前に使われていた技術だった。

客室ドアにつけた暗証番号キー(写真:スーパーホテル提供)

鍵なし、電話なし。そして、当時は珍しかった自動精算機の導入。この3つの工夫でチェックアウトを人が行わず、スムーズな自動精算が可能となったのだ。

同スタイルは当時、ビジネスモデル特許を取得していたという。ただし周囲からは「非常識極まりない」と言われたり、「ただの効率化、人件費の削減じゃないか」という見方もあったそうだ。

だが、ゲストから見ればどうか? 当然、待たされるよりも、早く出られたほうがいいに決まっている。本当のホスピタリティとはなんなのか。それを追求した結果が、ノーテレフォン、ノーキー、ノーチェックアウトだった。

今は時代が追いつき、ビジネスホテルは自動精算が当たり前になっている。スーパーホテルではチェックインについても、予約時に発行したQRコードによる「スマートチェックイン」が行われており、顔認証によるチェックインも考案中だという。

手厚いおもてなしのために、デジタル化を推進

2つめの「非常識な改革」は、顧客情報の一元管理だ。スーパーホテルチェーンでは2008年頃から、顧客情報をオンラインで共有している。だがこれも、当時はまだ一部のラグジュアリーホテルでしか導入されていなかった。

前編で登場した「どの枕を使うか」といった嗜好に関する情報をはじめ、「領収書の名義は、会社名か個人名か」といった細部までを共有しているため、何も言わずとも全チェーンで同じサービスが受けられるのがポイントだ。ゲストは説明する手間が省け、ホテルからしても、サービスに要する時間が省ける。

オンラインで共有する顧客情報に、各ホテルからアクセスできる(写真:スーパーホテル提供)

ただし、その目的はコストカットではない。一番の目的は、ITの導入で生産性を上げ、スタッフがゲストのおもてなしにかける時間を増やすことだ。ひいては、顧客満足度を上げることにある。誰にでもできる「処理」や「作業」にかける時間は減らし、挨拶や見送り、顧客ニーズに沿った対応など、接客に時間を割ける環境を目指したのだ。

「私達はいつも『アナログのおもてなしのためにデジタル化しよう』と言っています。自動精算なら、スタッフはお客様の様子を余裕を持って見て、例えば雨が降りそうなら、『傘をお持ちですか?』とお声がけできます。プラスαのサービスができるのです。そこがスーパーホテルの一番の強みであり、最も力を入れているところです」(星山氏)

デジタル化で空いた時間をアナログのおもてなしに(写真:スーパーホテル提供)

マニュアルなしで自律したサービスを促す

そうして接客時間を作る一方で、サービスマニュアルは設けていない。決まっているのは、「サービススタンダード」という7項目のみ。内容は、清潔感のある身だしなみや、「ホテルを第二の我が家だと思ってもらえるよう、『いらっしゃいませ』ではなく『おかえりなさいませ』と挨拶する」「お客様をお名前で呼んで、ニーズを先読みする」といった基本事項だ。

それ以外は、「お客様に日常の感動を届けよう」をスローガンに、「自分のことをわかってくれている」「自分のためになにかやってくれている」と感じてもらえる気遣いを心がけていこう、と日々伝えているという。つまり、個々の判断に委ねる部分が大きいということだろう。

「私達のお客様は7割がリピーターです。リピーターが求めるサービスは、人によって違います。加えて、夜遅い時間なのか、荷物をたくさん抱えているのか、ロケーションによっても異なります。ですからその時々に、実際に接しているスタッフ自身が考えることが重要なのです。弊社ではこの姿勢を『自律型感動人間』と呼んでいます」と星山氏。

サービスの姿勢は、スタッフ自身に委ねられているところが大きい(写真:スーパーホテル提供)

その傍らで、科学的なサービスの検証も進めている。京都大学と共同で、サービス優秀者と標準者の行動や視線の違いを観察・分析。教育ツールを開発している。

人間による判断と科学的教育。その両方が結集した接客の姿勢が高く評価され、スーパーホテルは「J.D. パワー ホテル宿泊客満足度調査(エコノミーホテル部門)」で9年連続No.1を受賞している。

加えて、スーパーホテルは現在国内外に171軒あるが、うち4軒以外は「ベンチャー支配人制度」(「Super Dream Project」)という制度を利用し、将来起業したい人が支配人を務めている。これが3つめの「非常識な改革」だ。なにが非常識なのかと言えば、彼らは雇用ではなく業務委託。そのほかのスタッフも全員アルバイトで、半分は学生。すなわち、社員がゼロなのである。

しかも、昼夜を問わないホテルという環境のため、基本は二人一組での中途募集。そのため応募者は、「将来カフェや飲食店を起業したい夫婦やパートナー」が多く、たいていがホテル未経験者だという。

ベンチャー支配人を務めるパートナー(写真:スーパーホテル提供)

「将来の夢を持っているか」が採用基準

働く側は、この「ベンチャー支配人制度」を利用することで、将来起業するための資金とスキルを貯蓄できる。なぜなら、契約期間内は住み込みでホテルを運営するため、家賃、光熱費が不要。運営、経営のノウハウに加え、マネジメントスキルもしっかり身につけられるからだ。

報酬も、客室数に応じて固定報酬があるのに加え、営業成績、顧客満足度の高さといった指標でインセンティブもつく。起業希望者にとってはかなり魅力的な条件だが、なぜこのような採用方式をとっているのか。

「起業したい方の多くが夢を持っているからです。弊社の採用では、『将来の夢を持っているかどうか』を最重視しています。なぜなら、夢を持っている人は自分で考える力、行動する力が高いからです」(星山氏)

つまり採用の段階から、マニュアルをこなす人間ではなく、状況に応じてさまざまな発想ができ、何をすればいいかを自分で考えられる「自律型感動人間」を求めての結果なのだ。

ベンチャー支配人から社員になる人も多数

「ベンチャー支配人制度」は、双方合意の上で1年ずつ延長できる。4年目以降は、本人が望めば推薦や面接を経て、社員になる道もある。

【2024年2月15日23時25分追記】内容に一部誤りがあったため、修正しました。

実際、最近は延長する人や、「スーパーホテルが好きになったから、ここで働きたい」と社員になり、本部で活躍するスタッフも増えているそうだ。

なかには、経験を活かして店舗のコンサルタントのような役職に就いたり、直営の大型ホテルの支配人になっている人もいる。他方、契約期間を終えて卒業した支配人には、起業して介護施設やカフェを運営したり、醸造家になった人もいるそうだ。スーパーホテルは彼らともつながり続け、積極的に応援しているという。

ホテルのラウンジは、支配人の判断で、SDGsイベントなどに貸し出すことも(写真:スーパーホテル提供)

実は、この「ベンチャー支配人制度」は、ホテルの側にもノウハウをもたらしてくれている。ベンチャー支配人は異業種からの転職者が大半のため、業界にとらわれない発想の提案ができるからだ。

自身のホテルで業務提案した内容を試し、うまくいけば全チェーンに展開できる「ベストプラクティス制度」という表彰制度もある。

翌朝に食べたいパンを選ぶ、焼き立てパンリクエストボード(写真:スーパーホテル提供)

ホテルとベンチャー支配人、ウィンウィンの関係性

過去の受賞例には、「朝食を何時に食べますか」を確認するボードにマグネットを付けてもらうことで、朝食の混雑時間を予想できるサービスや、「明日食べたい焼き立てパンはどれですか」という質問の答えをゲストにピンで刺して選んでもらい、人気の5、6種を朝食ブッフェで提供するサービスもあった。どちらもアナログだが、顧客満足度に貢献している。しかもパンについては、余らずフードロスの削減にもつながる。

しかもこの朝食ボードは、利用したゲストがX(旧Twitter)で、「こういうのでいいんだよ、こういうので」と呟いたことで大バズリ。そこに「これ知ってる! スーパーホテルだよ」とコメントがついたことで、知名度が一気に高まったそうだ。

Xで大きな話題となった、朝食混雑予測ボード(写真:Xより。投稿者の許可を得て掲載しています)

この、「こういうのでいいんだよ、こういうので」は、スーパーホテルを象徴する言葉ではないだろうか。何も全てをデジタル化する必要はないのだ。アナログのおもてなし時間を捻出するために、デジタル化を推進しているのだから。

現在平均稼働率は9割を維持し、その1割をインバウンドが占めるスーパーホテル。すでにミャンマーにホテルを持つが、今後はさらなるグローバル展開を控え、外国人をベンチャー支配人として育成する取り組みもスタートしている。海外に開業しても、「ターゲットは日本人」というが、「アウトバウンドの広告塔にしたい」という狙いもあるという。

しかも、基本的にスタッフは現地採用の予定。彼らとの化学反応で、また新たなノウハウが溜まっていくはずだ。スーパーホテルは今後も、しなやかに進化を続けていくに違いない。

ミャンマー・ティラワのスーパーホテル(写真:スーパーホテル提供)
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5038993 0 東洋経済オンライン 2024/02/21 16:29:42 2024/02/21 16:29:42 2024/02/21 16:29:42

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