熊野古道 宿泊・飲食の英語サイト開設へ 県、国内外へPR

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 熊野古道が世界遺産に登録されてから、今年7月に20周年となる。古来、伊勢神宮と熊野三山という聖地に向かう巡礼者が歩いた「祈りの道」は、海外からも注目されるようになった。歴史や伝統を後世に伝えると同時に、国内外に古道の魅力をPRし、地域の活性化につなげようという機運が高まっている。

重厚な石畳の道で知られる熊野古道の「馬越峠」
重厚な石畳の道で知られる熊野古道の「馬越峠」

 県は、熊野古道のうち県内を通る「伊勢路」沿いのホテルや民宿、飲食店などを一括して紹介するサイトを開設する方針を固めた。県としては初の取り組みとなる。外国人観光客の増加につなげるのが狙いで、英語で見どころを紹介する。2024年度予算案に関連費用約600万円を計上する。

 熊野古道伊勢路は、国内の主要空港である成田空港や関西国際空港から遠く、宿泊施設も多くはない。外国人客がスムーズに宿を予約できる仕組み作りが大きな課題とされてきた。規模が小さいホテルや民宿、飲食店が、それぞれ独自にネットなどを通じて海外に情報を発信するのは困難だった。

 サイトの開設・運営は、東紀州地域振興公社が手がける。伊勢市から紀宝町までの伊勢路を対象に、ホテルや民宿などを一括して紹介する。現時点で約50か所が参加する予定で、今後さらに増やす。欧米人の関心が高いとされる熊野古道の精神的な文化・歴史といった「スピリチュアル」な側面もアピールする。

 ほかにも、県は熊野古道のPRに向けた政策を進める。沿道の景観を損なわないよう、現在は金属製のガードレールを、木製に切り替える。案内標識も変更する。一連の経費として計約4150万円を24年度予算案に計上する方針だ。

熊野三山、多くの人が参詣

平安時代中期から信仰

 熊野古道の歴史は古い。約1300年前に編さんされた日本最古の書物、古事記には、神武天皇が熊野を訪れたという記述がある。

 平安時代中期以降、紀伊半島南部にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への信仰が広まった。その参詣道として、多くの人々が熊野古道を歩いた。現在の三重、奈良、和歌山県にまたがり、院政を始めた白河上皇、尼将軍と呼ばれた北条政子らも参詣している。

 三重県を通るルートは「伊勢路」と呼ばれる。伊勢路は、江戸時代に伊勢参りを終え、熊野三山に向かう庶民の多くが歩いた。伊勢神宮内宮前(伊勢市)から出発し、田丸城(玉城町)の城下町で旅支度を整え、多気、大台、紀北町などを経て、尾鷲、熊野市を通り、御浜、紀宝町を経由して和歌山県へ入るルートだ。

 2004年7月7日、熊野古道は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された。三重県内では、大紀町以南が登録対象となっている。

三重の最新ニュースと話題
スクラップは会員限定です

使い方
「地域」の最新記事一覧
記事に関する報告
5014807 0 ニュース 2024/02/08 05:00:00 2024/02/08 05:00:00 2024/02/08 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2024/02/20240207-OYTNI50093-T.jpg?type=thumbnail

主要ニュース

セレクション

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)