米国駐在17年、米田社長に聞くKNT-CTの未来-業界誌初の単独インタビュー

地域分社化は「大正解」、異業種との協業や本業以外も模索
店舗は「対話型」へ、IT化は「悲観してない」

  • 2020年1月12日(日)

米田氏  昨年の6月、新たなKNT-CTホールディングス(KNT-CT)の代表取締役社長に元近鉄グループホールディングス取締役常務執行役員の米田昭正氏が就任した。米田氏は1982年に当時の近畿日本鉄道に入社し、駅係員や車掌、駅の助役などを務めたのち、プロ野球の近鉄バファローズの球団経営に従事。その後は米国法人のアメリカ近鉄興業でホテル経営に携わり、延べ17年近く米国に駐在するなど、ホスピタリティ産業において多彩な経歴を持つ。

 KNT-CTは2018年に3ヶ年の中期経営計画を発表し、地域密着型の事業展開へと方針を転換。あわせてオンライン販売をてこ入れするための施策として「Webファースト」を打ち出すなど、事業の変革を進めている。その真っ只中で社長に就任した米田氏に、今後の舵取りについて話を聞いた。就任後の旅行業界誌による単独インタビューはこれが初めてという。

-まずは社長に就任されてからの約半年を振り返ってください

米田昭正氏(以下敬称略) 今年度の第2四半期(19年4月1日~9月30日)については、前半は最大10連休のゴールデンウィークもあり業績は良かったが、10月には台風19号によって昨年と同程度のダメージを受けたので、可もなく不可もなくと言ったところだ。旅行業も、自然災害の発生を当たり前のものとしてビジネスを考える必要があると思うので、来年度については自然災害対応の予算化を検討している。20年については、東京オリンピック・パラリンピックも開催されるので社長としてやりがいを感じている。

-これまでのご経歴について教えてください

米田 1982年に近畿日本鉄道に入社し、駅係員や車掌、運転手見習い、駅の助役などを務めた。その後は近鉄バファローズの経営に携わり、藤井寺球場から大阪ドームへの本拠地移転などに携わった。その後は88年のなら・シルクロード博や、90年の大阪花博(国際花と緑の博覧会)など博覧会関連の業務を務めたのち、初めて米国に渡り、サンフランシスコでホテル業に従事するようになった。

 米国に駐在した期間は延べ17年ほどで、アメリカ近鉄興業時代には都ホテルロサンゼルスの総支配人を務めたのち、2008年に社長に就任した。それまでの間には日本で、浜名湖サービスエリアの支配人なども務めている。直近では近鉄グループホールディングスの取締役常務執行役員として、事業開発部(海外事業)、東京支社、名古屋支社、台北支社を担当した。

-旅行事業に初めて取り組むにあたり、難しさは感じていますか

米田 旅行業界は大変革の時期を迎えているが、ホテル業界に長く携わってきた者としては特にITに関して「遅れている」と感じざるを得ない。例えば、現在旅行会社の注目を集めているダイナミックプライシングへの対応については、ホテル業界は15年ほど前に経験した。そんなホテル業界では、すでにAIがレベニューマネジメントを担当している。

 旅行会社はそれ以上にIT化が進んでいるものと考えていたが、ホテルの予約やバスの手配など、未だに紙の文化が根強いことには驚いた。KNT-CTではシステム開発とIT化に3ヶ年間で約100億円を投資しているが、不十分だ。まだまだ注力する必要があると思う。

 ただ、ホスピタリティ産業における存在として、旅行会社もホテルも根本にあるものは同じだと思う。お客様に喜んでいただいて、それが自分の仕事の生きがいになる。米国駐在時から大切にしてきたマーク・トウェインの言葉に“The best way to cheer yourself up is to try to cheer someone else up“というものがあるが、自分が喜びたければ、まずは他人を喜ばせることが重要だ。

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