ハワイに75年ぶりの鉄道 その意味は

ハワイに75年ぶりの鉄道 その意味は
ハワイで進められている大型プロジェクトがある。それは鉄道だ。
来年営業運転が始まる予定で、この地で本格的な旅客鉄道が走るのは75年ぶりとなる。手がけるのは日本企業。世界各地で鉄道事業をめぐるメーカーの激しい競争が繰り広げられる中で、この島の計画はどんな意味を持つのだろうか。
(ロサンゼルス支局長 及川順)

新鉄道の路線は

ハワイ・オアフ島で建設が進む路線は全長35キロ。ホノルル中心部の大型ショッピングセンターがある場所から西に向かい、空港やスタジアムを経由して、郊外までを結ぶ。
沿線には観光客が訪れるスポットが多く、21の駅をおよそ40分で運行する。
来年にはまず西側のおよそ15キロで開業し、10年後の2031年に全線開業の予定だ。

手がけるのは日本企業

この鉄道の車両や駅の設備などを手がけるのは、日本の日立製作所だ。
車両にはこれまでの鉄道ビジネスで培われた技術が生かされている。
例えば、自動運転だ。運転席はふだんカバーがかけられて、車庫と本線の行き来の際だけ使われる。本線では自動で運行される。列車の監視は、ホノルル郊外に設けられたオペレーションセンターで行う。
今回の取材では、試験運行している電車が駅から出発する様子を撮影した。運行主体のHART=ホノルル高速鉄道輸送機構の担当者がホームからオペレーションセンターに電話すると、電車は自動で発車しスムーズに加速していった。

ハワイらしさが満載

この鉄道には、至る所にハワイらしさが取り入れられている。
車体の側面は、虹がデザインされている。四方を海に囲まれ山が多いハワイでは、雨上がりなどに虹がかかることが多い。州の車のナンバープレートにも描かれていて、虹は地域の象徴だ。
車内はひろびろとしたスペースが確保され、自転車はもちろん、サーフボードも持ち込むことができるようになっている。
駅も個性的だ。
外壁のデザインは世界の誕生を描いたハワイの神話が題材になっている。
所在地にまつわる神話などにあわせて、駅ごとに異なるものが採用されている。
そして駅名には、英語とハワイ語が併記されている。
例えば、英語の「リーワード・コミュニティー・カレッジ」という駅には、「ハーラウラニ」というハワイ語の地名が一緒に記されている。
カヒキナさん
「すべての駅に、それぞれの地域の文化や産業を表現しています。ハワイらしさを取り入れることがとても重要です」

高速鉄道への期待

オアフ島にはかつてサトウキビなどを運ぶための鉄道が走っていたが、産業の衰退などもあって1947年に廃止された。
その後、人口増加に対応するために旅客鉄道の整備が求められるようになった。
そして2000年代になってようやく具体的な計画の検討が進められるようになり、10年前起工式が行われ、ついに工事が始まった。来年の開業で、オアフ島では実に75年ぶりの本格的な旅客鉄道が走ることになる。
この鉄道に期待されるのは、アメリカ国内でも有数とされる深刻な高速道路の渋滞の緩和だ。
空港からホノルル中心部までのおよそ10キロほどの道のりは、渋滞だと45分ほどかかるが、鉄道が開通すれば15分ほどでいけることになる。
鉄道が担うもう一つの役割は、環境対策だ。
ハワイは2045年までに電力の100%を再生可能エネルギーでまかなう数値目標が州法で定められているほどで、住民の意識は高い。鉄道が完成すれば、1日10万人以上の利用が見込まれ、自動車から鉄道へのシフトが進めば温室効果ガス排出削減にもつながると期待されている。

市民からは歓迎の声が多い。
「郊外から中心部への流れは本当に最悪です。多くの人が電車を使うべきです」
「電車で、車の交通量を減らすのは良い方法だと思います」

鉄道びいきの大統領が進める政策

アメリカでは今、鉄道整備に追い風が吹いている。力を入れるのはことし1月に就任したバイデン大統領。大統領は「アムトラック・ジョー」(アムトラック=全米鉄道旅客公社)と言われるほどの鉄道びいき。
上院議員時代には地元デラウェア州から首都ワシントンまで毎日列車で通勤していたという。
このバイデン政権肝煎りの経済政策として、先月、総額1兆ドル(日本円で110兆円)規模のインフラ投資計画法案が議会上院で野党・共和党からの賛同も得て可決された。
柱の1つが7兆円余りが投じられる鉄道整備だ。
法案の取り扱いは下院に移り、与党・民主党は9月中の可決を目指している。

鉄道重視の政策は単なる経済対策にとどまらない。

鉄道に関する政策で影響力をもつ政治家の1人、与党・民主党のモールトン下院議員は、気候変動対策との関係が大きいと説明する。
モールトン議員
「1000人が道路をガソリン車で走るのと1000人が再生可能エネルギーを使う高速鉄道を利用するのでは大違いです。必要なのは将来のインフラへの投資、気候変動に対応するための投資なのです」

ハワイの鉄道を「発射台」に

アメリカで鉄道に追い風が吹く中、各国の鉄道車両メーカーは、長距離路線、都市部の地下鉄などそれぞれの車両の生産や開発に力を入れている。
ライバルたちがしのぎを削る中、日立製作所はハワイの鉄道で実績を作りアメリカでのマーケットシェア拡大につなげたいとしている。
ドーマー副社長
「私たちは、すでにカリフォルニア州や首都ワシントンで鉄道事業を広げていますが、ホノルルの鉄道は、私たちの力を示す好事例になるでしょう。北米市場での成長に向けた発射台なのです」
日本企業が手がけるハワイの鉄道の開業はまもなくだ。
現地には鉄道を利用した経験がない人も多く、鉄道を利用する習慣がどれだけ根付くかは不透明だが、それだけにその行方に高い関心が集まっている。
アメリカでは、川崎重工業やJR東海なども鉄道事業を展開している。
鉄道整備への機運が高まりつつある中、ハワイでの実績が日本勢の事業拡大を後押しすることになるか、注目したい。
ロサンゼルス支局長
及川 順
1994年入局
政治部 アメリカ総局などを経て2019年から現職
政治部では
新幹線整備計画を取材