“給料は変わらず休みは増加” 人材獲得できるのか?

“給料は変わらず休みは増加” 人材獲得できるのか?
土日だけでなく、毎週水曜も必ず休み。そんな働き方ができるなら転職したいですか?「完全週休3日」の導入や前例のない業務の見直しで採用につなげようと、新たな取り組みに乗り出している企業が四国にあります。

さまざまな業界で課題となっている人材の獲得。その解決のヒントを探るべく、企業の現場を取材しました。(松山局記者 伊藤瑞希 高松局記者 富岡美帆 ディレクター 岩崎 瑠美)

水曜日でも社員はいない

週休3日制を10月から本格導入したのは愛媛県の企業です。

休みになった水曜に本社を訪ねてみると…。
社員約50人が勤めるオフィスには誰も出勤しておらず、がらんとしていました。
その企業は県内で鉄道やバス、不動産事業などを展開するグループの統括会社「伊予鉄グループ」です。

1日増えた休日。社員の中には母校の小学校でサッカーを教えたり、趣味の写真撮影やゴルフの時間にあてたりする人のほか、子どもと過ごす時間を増やした人もいます。

給料・勤務時間は?

気になるのが給料ですが、これまでと同じだそうです。
そして勤務時間はフレックス制度で、1日のうち5時間が必ず勤務する「コアタイム」でそれ以外の時間帯は仕事の進み具合などに応じて働く時間を自分で決める仕組みです。これも以前と変わりません。

中堅即戦力の獲得を

社員のワークライフバランスに加えて大きな狙いが高度な人材の獲得です。

この会社では、人口減少や少子高齢化で鉄道やバス事業を取り巻く環境が厳しさを増す中で、都市開発ビジネスの強化に乗り出しています。
都市開発ビジネスを成功させて地域の活性化につなげることができれば、鉄道やバスの公共交通の利用者も増えていく。

そうした好循環を思い描いていますが、地域の人を呼び込む魅力ある街づくりはそう簡単ではありません。

そこで大都市で都市開発に関わった経験があり35歳以下の中堅の即戦力を呼び込みたいのですが、大企業と比べて見劣りしない水準に賃金を上げることは困難です。
検討した結果、若い世代にとっては賃金だけではなく休日が増えることが魅力になるとして地元出身でキャリアを積んだ人などを呼び込めるのではないかと考えたのです。

導入から2か月 効果は?

制度の本格導入からおよそ2か月。会社には中途採用の応募が相次ぎ、6人の採用が決まりました。

県内出身で医療業界から転職、週休3日を利用して資格を取得してスキルアップを目指すという人。

金融業界での経験があり、夫の転勤に伴って松山市に住んでいて、出産後仕事を辞めていたもののこれまでのキャリアを生かしたいという人など、さまざまなバックグラウンドの人たちです。

一方で休みが増えたことによって出勤日の労働時間が以前と比べて長くなる傾向もあるそうです。
打ち合わせスペースのいすを撤去して必要なことだけを話し合うよう促して打ち合わせ時間の短縮につなげるなどの工夫も行っていますが、業務の効率化が大きな課題になっています。

週休3日 運転士などにも

さらに、グループでは今、深刻な運転士不足などに直面しています。

電車や路線バスなどを減便、観光列車として全国的に知られている「坊っちゃん列車」の当面の運休にも踏み切りました。
こうした中でグループ全体で長時間労働をどのように減らしていくかも大きな課題です。

そこで、12月中旬からグループで鉄道とバスを運行する会社でも運転士なども含むすべての従業員を対象に週休3日制を導入。

鉄道とバスの運行会社では選択制で休みが増える分、給料は減るということですが、働きやすい環境を整えるほか、来年1月には賃上げを行うなど、人手不足に対応しようとしています。

週休3日制の導入を担当した藤田正仁・広報秘書部長は、会社が大きく変わっていくきっかけになって欲しいと話します。
藤田さん
「われわれの会社は、一昔前には『石橋をたたいても渡らない』と言われた堅い経営をしていましたが、今はそこに大きな川が流れていればむしろ橋をかけて、1本のレールを引いて渡ろうとする企業になっていかなければならない。この制度もチャレンジの1つだと思っている」

業務“細分化”で担い手増へ

一方、前例にとらわれない業務の見直しで人材獲得につなげているのが、香川県綾川町にある橋の点検のサポートなどを担っている「sorani」です。
5年前、従業員は3人でしたが、今では7人に増加。加えて繁忙期など期間限定で働いてもらうアルバイトも5人います。

人手確保のポイントは、業務を徹底的に見直し“細分化”したことでした。

“1人親方”方式を改めて

“細分化”とはどういうことなのか。この会社では、もともと、専門知識を持つ人がすべての工程を担う、いわば“1人親方”のような仕事の進め方が一般的でした。
橋の設計や点検の業務などを担う、この道30年のベテラン、正忠幸さんはかつて現場で橋の点検を終えた後、結果を記録する調書の作成までをほぼ1人で行っていました。業務は深夜までかかることもしばしばあったといいます。

しかし、会社が仕事の進め方を見直して必要な工程を細かく分けたところ、専門的な知識がなくても担える工程が数多くあることがわかったのです。

時短で“もうこのやり方しかない”

ことし9月、橋の点検を行う研修を取材すると、正さんとともに現場に向かったのは、ことし夏ごろから現場に出始めた2人です。
研修では新人の2人がまずコンクリート表面のひび割れを見つけてチョークで印をつけていきます。

次に経験豊かな正さんがそれらを見て、問題があるかどうかを判断。「はがれがある」とか「施工上固まっている所なので問題がない」などと的確に判断していました。

また、コンクリート内部の劣化状況の点検も、新人2人がコンクリートをハンマーでたたいて音を出し、正さんがその微妙な音の違いを聞き分けて状況を判断します。
経験の浅い2人でも、専門知識のいらない業務を担当することで、ベテラン1人で担うのと比べて点検にかかる時間は大幅に短縮できたといいます。

正さんは「最初は抵抗しました。“できるわけがない”と思っていました。でも、分割してやるとスピードも上がってクオリティも上がっていいことばかり。今はもうこのやり方しかできないなと思います」と話します。

眠っていた働き手も続々と

さらに業務の“細分化”で、この仕事に縁の無かった人たちも多く働けるようになりました。

会社では、点検の終了後にはオフィスで点検結果を調書にまとめる作業があります。

かつては正さんのような専門知識をもつ技術者が点検を終えたあとに行っていたこの作業ですが、業務を細分化したことで単純作業の工程が生まれました。
これによって、子育て中の人や趣味やペットとの時間を大事にしたい人など、ピンポイントならば勤務できるという“地域に眠っていた働き手”でも担えるようになったのです。

子育て中の女性が担当するのは、現場で撮影された写真を整理する作業。会社は表計算ソフトを活用して入力が自動的に行われるシステムを開発し、現場で記録された写真の番号を入力するだけです。
劣化の程度などを入力する作業を行っているのは編み物が趣味だという女性。劣化の程度ごとにあらかじめ記号が決められていて、パソコンで入力する際に、現場で記入された記号を選択すれば設定された説明文が自動的に入力されます。

ベテランの正さんの出番は、最終的なチェックです。みずからが行った劣化判定と入力内容にズレがないか、確認していきます。

会社全体でこなせる業務量も↑

社長の水本規代さんは、かつてみずからが製造業で働いたときの経験からヒントを得たといいます。

“一人親方”仕事が普通の建設コンサルタントと違い、何人もの人が細かく仕事を分担。「道具の置き方」や「ネジの締め方」など工程ごとにマニュアルも整備され、働く人たちはそれを見ながら作業を行っていました。
水本さんは「マニュアルで誰がいつ来ても作業ができるという状態を作ることを目指して人を雇っていくことで、一人一人の作業量も精神的な負担も軽減できる。そう考えたのが今の仕組みを作り始めたスタートでした」と振り返ります。

売り上げも2倍以上に

徹底した業務改革によって効率が上がり会社全体でこなせる仕事量が増えたため、売り上げは細分化を始める前と比べて2倍以上に増えたといいます。そして、アルバイトも含めて働く人すべてにボーナスを支給しています。

社長の水本さんは「人手不足とかよく言われていますが、働きたい人はたぶんたくさんいるはずなんです。会社側の意識を少し変えるだけで、これまで関わりが無かった異業種の人でも仕事ができる仕組みは構築できると思います」と話します。

四国では約6割の企業が「社員が不足している」と答えたというアンケート調査(「四国生産性本部」調べ)もあり、全国の中でも人手不足が深刻化しています。しかし、発想の転換によって「ピンチ」を「チャンス」に変えることもできるのではないか。今回取材した新たな動きはそうした可能性を示しているのではないかと思います。

(10月17日 松山局ローカル、10月20日高松局ローカルで放送)
松山局記者
伊藤 瑞希
2016年入局
津局、松江局を経て現所属
経済分野の取材を担当
高松局記者
富岡 美帆
2019年入局
経済分野の取材を担当
人口減少が進む地方都市の現場を取材
高松放送局 ディレクター
岩崎 瑠美
2021年入局
東京での情報番組制作を経て
2023年8月から現所属。