「人数」よりも「消費額」ねらうのは?

「人数」よりも「消費額」ねらうのは?
外国人旅行者数が回復に向かう中、国は新たな観光戦略を策定しました。インバウンド戦略の新たな柱に据えられたのが「1人当たりの消費額」。これまでの「人数」重視の戦略から、「金額」重視の戦略に大きくかじを切ったのです。地域一帯に、より大きな経済効果をもたらす取り組みとは?そのヒントを探ります。(インバウンド戦略取材班)

訪日外国人 消費意欲もアップ

東京 千代田区の皇居に近い一等地に立地する高級ホテル。去年秋の水際対策の緩和に伴って、外国人の利用者が増加し、今では、宿泊客の7割程度を占めています。

去年3月、広さ約90平方メートルのスイートルームを新たに6部屋用意しました。
料金は1泊およそ30万円と高額ですが、長期滞在の外国人を中心に利用が伸びていると言います。

ホテルは、外国人富裕層などのニーズが高まる中、新入社員の初任給を14%引き上げるなど、従業員の待遇改善で優秀な人材の確保にも動き出しています。
吉原社長
「日本の観光のポテンシャルは非常に高いので、今後もより多くの外国人のお客様に来ていただけると感じています。良い人材に入ってもらうことで、外国人の顧客に日本のサービスの良さを感じてもらい、再び日本に来たいと思ってもらえるような、好循環につながればと思っています」

人数から消費額へ 新観光戦略

外国人富裕層の消費をとりこんでいくことは、日本経済に大きなメリットとなります。

観光庁によると、2019年にアメリカ、イギリス、中国、ドイツ、フランス、オーストラリアの6か国からの旅行者のうち、1回の旅行で100万円以上消費した人はおよそ29万人と全体の1%。一方、この1%の人の消費額が、全体の11.5%を占めていて、その動向が、大きな影響をもつからです。

国は3月、6年ぶりに新たな観光戦略を策定。2025年の1人当たりの消費額の目標を、今までの1.25倍に当たる20万円に引き上げるとしました。

外国人旅行者の「人数」ではなく、「消費額」を重視する方向にかじを切ったのです。
新型コロナの感染状況次第で訪日外国人の人数が左右されかねない中、1人当たりの消費額を高め、経済効果を着実に上げていくのがねらいです。

戦略のもう1つの柱が「地方滞在」です。掲げた新目標は、東京・大阪・愛知の3大都市圏以外での宿泊数を今までの1.4泊から、2泊に伸ばすこと。

大都市に偏りがちな外国人旅行者の訪問先を多様化し、インバウンド需要の恩恵を、地方にも広げていこうとしています。

寺ならではの体験を

旺盛なインバウンド消費を、どう地方に誘い込むのか。その鍵を握るのが「その土地ならではの“特別な体験”」です。

一体どんなものなのか。すでに、さまざまな取り組みが広がり始めています。

その1つが、世界遺産にも選ばれている和歌山県の高野山。
参拝に訪れる人が泊まるお寺の宿泊施設・宿坊に、外国人の予約が多く入っています。

およそ1200年の歴史があるこの寺で今、予約が殺到しているというのが「スイートルーム」です。
壁一面に伝統工芸品があしらわれ、家具も国産のものが用意されています。

1泊の値段は15万円ですが2か月先まで予約でいっぱい。その大半を外国人旅行者が占めます。
イタリアからの観光客
「ユニークな体験であればあるほど、お金を支払うことにはためらないがない。自分たちの国では決してできないようなことを経験できるのならば、通常の2倍の金額を払っても惜しくはない」
また、めい想を体験したり、精進料理を味わったりするなど、寺ならではの体験をすることもできます。
コロナ禍で訪れる人が減少したのをきっかけに、寺では経済的にも地域が持続できる仕組みを作りたいと考え、付加価値を高めた部屋を用意したといいます。
近藤住職
「高野山を後世に伝えていくためには、やはり今の方のニーズに合って来ていただかないことには廃れていってしまうという危機感もあり新しい挑戦をしています」

2泊3日の酒造り体験

外国人に根強い人気を誇る日本酒も地域の“売り”になります。
長野県佐久市の300年以上の歴史がある酒蔵に泊まって本格的な酒造りを体験できるツアーです。地域での滞在をじっくりと楽しんでもらおうと、2泊3日の日程となっています。

杜氏(とうじ)がつきっきりで酒造りを教え、完成した酒は後日、客に配送されます。
ツアー客は酒蔵の一部を改装した施設に宿泊。滞在中はさまざまな地酒の飲み比べもできます。

ただし、この宿で提供される食事は朝だけです。

ツアー客には英語によるガイドマップを渡し、昼食と夕食は地元のお好きな店でとってもらいます。
シャッターを閉じる店が目立つ中、地元の人との交流を深めるとともに、地域全体の活性化につなげたいという思いで宿の社長が発案しました。
KURABITO STAY 田澤社長
「宿泊できて、地域への滞在ものびる、それから、体験ができることで、地域への愛着がわいて誰かに紹介しようかとか、またきたいっていう気持ちを高めさせる。キラーコンテンツを作って、本当にいいものを付加価値を上げることができれば、ビジネスとして持続可能な地域をツーリズムとして作れるんじゃないか」

“それも観光資源では?”の視点で

観光マーケティングに詳しい専門家は、地域で当たり前だと思っている文化や風習が観光資源になり得ると指摘します。
石崎教授
「例えば、日本には棚田や里山などすばらしい景観がある地域が多い。そうした、これまで観光資源と思われていなかったものも掘り起こして、どうやって外国人旅行者に満足してもらえるかを追求していくことが必要だ。美しい景色やおいしい食べ物を有機的に結び付け、適切に情報を提供して、観光客を地方に誘導できるよう目指すべきだ」
一方で、観光客が集中し、地域と摩擦が起きる「オーバーツーリズム」への対応にも目配りすべきだといいます。
石崎教授
「2013年ごろからインバウンドにかなり力を入れて訪日旅行者が右肩上がりで増えたことの反作用として、観光地によっては地元との摩擦=オーバーツーリズムが生じた。コロナ禍を経て同じてつを踏まないよう、どうしたらいいのかを国も考えながら、1人当たりの単価を上げ、消費額を増やすことを目指していていくことが重要だ」

結び付くか ニーズと思い

ことし2月の外国人旅行者数は147万人余りと、前年同月比88倍に急増しました。

円安で割安感が増えたこともあって、去年12月までの1人当たり消費額も21万2000円と、すでに目標(=20万円)を上回る水準に達しています。
2度、3度と日本を訪れるリピーターが増える中、ガイドブックに載るような代表的な観光地ではなく、地方にある日本ならではの暮らしを体験したいというニーズも高まっています。

地域の文化と風習を守りつつ、経済・社会を活性化させたいという地方の思いと、外国人旅行者のニーズをうまく結び付けられるか。インバウンド需要が本格的に回復する中、地域の魅力をどう引き出していくのか。

国・地方が一体となった取り組みが求められていると思います。
経済部記者
樽野章
2012年入局
札幌局、福島局を経て現所属
現在、国土交通省を担当
経済部記者
三好朋花
2017年入局
初任地の名古屋局からこの夏に経済部へ
国土交通省を担当
WorldNews部 ディレクター
服部真子
英語ニュース番組の制作に携わる
SDGsなど環境問題を中心に取材
青森放送局記者
平岡千沙
2018年入局
弘前支局などを経て現在県政を担当
青森放送局記者
濱本菜々美
2022年入局
警察や司法取材を担当