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震災後の海外旅行市場-今動く客層と今後の展望、JTBFシンポジウム


 東日本大震災で旅行市場も大きなインパクトを受けたが、JTBFが先月開催した第16回海外旅行動向シンポジウムで、主任研究員の黒須宏志氏は「海外旅行に限ると早々に回復し、7月、8月の夏の予約は1%から2%程度前年を上回る推移である」という。しかし、震災はマーケットに影響を及ぼし、変化が表われている。同シンポジウムで黒須氏が発表した「どうなる震災後の海外旅行マーケット」をまとめた。



震災後の早期回復は高頻度層が貢献


ゴールデンウィークの成田空港。搭乗手続き時間のカウンターには長い列ができていた(4月30日午後5時頃)

 東日本大震災後の海外旅行マーケットで特徴的であったのは、過去のクライシス(危機)に比べるとはるかに影響が少なく、しかも回復が早かったことだ。いずれも発生後、急激に需要が落ち込んだが、最大の減少幅が新型インフルエンザの時は前年比約25%減、9.11が前年比約42%減、SARSが約55%減であったのに対し、今回の震災では約10%減。底をうち、回復に転じたのも、9.11とSARSは2ヶ月後、新型インフルエンザは1ヶ月後であったが、今回の震災ではほぼ横ばいに推移して4月22日に底打ち宣言が出された。


 マイナスが小幅におさまった要因として黒須氏は、もともと国内で発生した危機であったことに加え、航空機搭乗への不安がないことが「これまでとまったく違う」という。さらに子どもを持つ親の海外への脱出需要もあった。それは今年3月から4月の旅券発行数が、0歳から11歳が前年比50%増、12歳から19歳が前年比10%増となり、他の年代が前年を下回っているなかで子どもだけが前年を上回ったことからもうかがい知ることができる。


 また、現在は経験値の高い旅行者(H層)の比率が高く、2010年は海外旅行市場の67%が、ホリデー市場のH層で占められていると話す。そのため、「危機に対する耐性が高まったのでは」と推察。その上でインバウンドが半減したのに対し、航空座席数の減少が10%減程度であったことが、ゴールデンウィーク前でも「思い立ったときに空席があり、海外旅行に行くことができた。また、震災ストレスもあった」と、駆け込み需要につながったという。


 実際、ゴールデンウィークの首都圏空港からの出国日本人の数は、前年比4.9%増の29.8万人と増加した。関空、中部の出国者数が発表されていないため比較できないとしながら「ひょっとすると被災地に近い首都圏の方が需要が強かったかもしれない」と話す。


 なお、黒須氏は旅行市場構造として、H層の割合が大きくなると、成長余力が減少すると説明。市場の拡大には初心者層の獲得が不可欠だが、「2010年は約20万人程度」との推察で、海外旅行を支える人数はこの10年間で縮小し、成長のポテンシャルが小さくなったことを指摘した。



20代女性の好調続く、シニアは先行き不安で停滞


シニアの早期回復を期待したい

 震災後から現在は、高頻度層が市場回復に貢献しているが、今後の期待できる客層は20代女性だ。黒須氏は過去のJTBFシンポジウムで、リーマンショック後、20代女性がいち早く回復していることを指摘しており、「リーマンショック後の伸びは今もまだ残っている」という。


 その理由が、旅券発行数だ。震災から2、3ヶ月後にあたる5月から6月の旅券発行数をみると、0歳から11歳、12歳から20歳と同様に、20代も前年を上回った。特に女性に限ると5月は「10%近く伸びている」という。旅行者数は、旅券発給数の伸び率に追随するように推移していることから、「(旅券発券数の伸び率が)旅行者の伸びより上回っていれば、後々増えるはず。出国率はさらに上昇が期待される」との見方だ。


 一方、主要客層のシニアは「団塊世代の出国率が一番減っている」という。実はシニアの出国率は2010年6月から横ばいとなっており、震災にはじまったことではない。しかし、理由は「今ひとつ釈然としない」と黒須氏。2004年以降、シニアの旅行市場を左右した要因として「中国の反日デモ」や「年金記録問題」「サブプライムローン問題」「円高と燃油サーチャージ」「金融危機・経済危機」「尖閣問題・ヨンピョンド問題」などが考えられるが、シニアの出国率の推移を見ると、こうした危機に応じて出国率が減少しているわけでもないという。


 しかし、ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン(JWT)が震災後に実施した消費者不安指数調査で、「心配している・不安に感じている」対象として、「経済情勢」と「政治的指導力」が抜きん出て多い。そこでシニアの出国率の推移に政治的な出来事を当てはめてみると、シニア女性の出国率が停滞しはじめた2007年6月は、ちょうど自民党の安倍内閣支持率が急落し、7月の衆院選で自民党が大敗した時期だった。また、出国率が横ばいとなった2010年6月は菅政権が発足し、直後に支持率が急落、7月には参院選で民主党が大敗したという事実があった。


 このことから黒須氏は「政治が人々の気持ちにどう働いているか、考える時代になっている」と述べ、「漠とした先行き見通し感がシニアに影響を与えているのではないか」と推察。シニアに関しては、旅券発給数の伸びから「これから少しは戻すと思う」としながらも、「先行き見通し感を悪化させる出来事に要注意。出国率は上昇しては停滞という不安定な動きを繰り返す」との予測を述べた。



若年・ミドルのH層の台頭で間際化、FIT化、ネット予約・拡大に


JTBF主任研究員の黒須宏志氏

 震災後の市場の意識として、一時的な旅行の自粛はあったものの「旅行を良くないこと、浪費とみなす人はごく一部」とし、「むしろストレスから旅行を求める気持ちが強くなったことが見られる」との調査結果を発表。ただし、モニターの自由回答から抽出したキーワードのうち、震災後の変化として「生活全体を見直したい」に特に注目しているとし、「一過性のものから蓄積になるような消費傾向に変化する。旅行については自分の経験を積み増すような動きが出るのでは」と予想する。


 今後の見通しとしては、夏期は7月、8月は前年並みから微増程度での推移を予想。9月はレイトサマー需要の主力である20代女性の動きが悪くないとし、間際になってから活発化する可能性を指摘する。一方、10月から12月は、シニアの不安定要素と羽田効果の上乗せが10月までで切れるため、微増もしくは『「月によっては前年割れもおかしくない」とする。


 方面別では、2010年がH層の増加でロング方面が増加。黒須氏はこの半分がシニアだったとし、今年は影響があるという。直近までの方面別渡航者数を見ると、政情不安で渡航者数が減少したタイや、羽田線のオープンや尖閣諸島問題などで減少した中国本土への需要を吸収した台湾、新ホテルのオープンなどで話題のシンガポール、ビジネス需要の好調なベトナムなどが前年を上回っており、若年層やミドル層を中心に中距離方面が堅調に推移すると予想。ただし、ロング方面も徐々に戻るとした。


 客層別では、復興需要で今年第4四半期と2012年第1四半期にはGDPが2桁増との予測があるほど景気が回復する一方、電力不足や円高、物価上昇により企業の海外シフトが進むとし、当面はビジネス需要がリードする構造が続くと予想。レジャーではシニアの回復が遅れ、若年やミドルのH層が市場牽引する場合、ネット販売とFIT化が加速し、さらに間際化が進むと話す。2011年の海外旅行者数については、前年比2.3%減の1625万人で、2010年年末の予想の1730万人よりは減少する見通しだ。